第27話

 その頃、紅月は自室で玄牙を呼び出していた。


「結局、あの蠱毒は誰の仕業なの?」


『蠱毒にはな、殺し合わせた蟲を使役する方法と、その生き残った者を食べ物に混ぜて体の中に取り込ませる方法がある。今回は後者だった。何者かが厨房の食材に蠱毒を混ぜたということだ。すぐに厨房へと向かったが、わからなかった。食わせる方法では痕跡が残らないのかもしれない』


「そう……」


 それならば、状況から考えた方がいいかもしれない。今回、蠱毒の混入した湯を提供されたのは紅月を含む昼餐会に参加した妃たち。医者の検めでも、全ての湯に蠱毒が入っていた。


「あの場にいた妃が仕掛けたとは考えにくいわ。でも、誰を狙ったのかしら。私? それとも他の妃?」


『お前もろとも他の妃も消したかったのでは? お前は皇帝を独り占めしているんだろ? 恨まれるのも当然だ』


「独り占めって……。まあそう思われるのも当然だわ。だったら自衛しないとね」


『ならば食事の際は俺を呼べ。側についている。お前が死ぬと俺の片割れも死ぬからな』


「ありがとう」


 理由があってのこととはいえ、紅月はありがたいと感じた。自分でも呪い返しの護符などを作り、用心することにした。




***




 その夜、紅月は出会い頭に凌雲に抱き締められた。


「無事で良かった」


「あのっ、あのっ」


「大変であったな。なんとしても犯人を仕留めよと命じた」


「ありがとうございます」


 凌雲の広く、存外に逞しい胸の中に抱き締められ、紅月の胸がどきどきとはち切れんばかりに鼓動を打っている。抱き枕代わりにされていることはこれまでもあったけれど、こんな風に抱き締められるのは初めてのことだ。


「すまない。私のせいだ。そなたがこんな風に狙われるなど考えていなかった。手を打つことだって出来たのに……」


「凌雲様、油断していたのは私の方です。これからは用心したします。それよりも、他のお妃様方を守ってやってください」


「紅月!」


「私はこれでも術士の端くれですから」


 紅月は拳を突き出して、胸を叩いた。猫鬼の玄牙を護衛にするつもりだと言ったらきっと余計に心配させてしまうだろうと紅月は黙っていた。


 凌雲はそれを見て、ぽかんとした顔をしている。


「そなたは本当に変わっている……」


「凌雲様の護符も作ってきたんですよ。ほら」


 紅月は凌雲に護符を手渡した。


「私の護符はよく効くって評判だったんですから!」


「わかった貰っておく。……それにしても量が多くはないか?」


「それは……他のお妃様の分も作ったんですけど、その……作ってからあんなことがあった私の護符なんて受け取って貰えないんじゃないかって……」


 紅月がもごもごと言い訳をしていると、凌雲はふっと笑って、紅月の方を抱いた。


「で、あれば私の方から彼女たちに渡そう。それから術士に後宮の警備をさせる」


「あ……ありがとうございます」


 紅月は胸をなで下ろし、こんなことは二度と御免だ、と思った。


 ――だが、事件は再び起こってしまった。それも、最悪な形で。




***




 その日の朝、女官が妃を起こしに行くと、返事がなかった。何度声をかけても応じないため、女官が布団をはぐと、妃はぐったりとしたまま目を開いていた。


「きゃああ!」


 その悲鳴を聞いて、宮殿の者が集まってきて妃を調べたが、すでに息は無かった。


 すぐに宮門警備が呼ばれ、ほどなく検死医も来て、妃の亡骸を検めたところ、口内から毒の跡はなく、腹部が真っ黒に黒ずんでいた。その中を調べると、内臓がちぎれ腐り落ちていたとのことであった。


 前日まで病の様子もなかったこの妃の死因を、検死医は蠱毒による呪殺、と結論づけた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る