第21話

「まあまあ、久しいこと。あなたから会いに来るなんて、なんて風の吹き回しだろう」


 翌日、公務の間を塗って、凌雲は皇太后の宮殿を訪れた。


「呼ばれればこちらから参りますのに」


「別に……大げさにしたくなかっただけです」


 やはりこの人を前にすると、こわばってしまう。凌雲はそう感じながら彼女を見つめた。十年の月日のうちに、この人も老けたな、と感じる。


「紅月が世話になったようで」


「ええ、陛下がついに気に入った妃ができたようなのでね。ご挨拶せねばと」


「その……紅月のことはそっとしておいて欲しい」


「まあ、わたくしが嫁いびりをするとでも思っているの?」


 それは思っている。だからこそ牽制しに来たのだ。


「あれは後宮で生き残っていける女ではない」


 紅月は馬鹿正直で、やたらと正義感が強い。その優しさは凌雲の心の慰めにはなるけれども、後宮の策謀の中で生まれ育った凌雲からしたら、危なっかしいの一言に尽きる。


「そうでしょうねぇ……。では陛下が守って差し上げなければ」


「無論、そのつもりだ。だが、いつもついてやる訳にもいかぬ」


「でしたらわたくしの協力がいりますわね」


 皇太后はにこりと微笑む。その微笑みは後宮の頂点として生き続けた迫力がある。飲まれるな、と凌雲は己に言い聞かせた。


「目をかけて……やってくれ」


「では、少しはわたくしの言葉もお聞きなさい。貴妃に引き立てたのはいいけど、あの子の父はいまだ地方官吏なのでしょう。中央に呼んでふさわしい役職をつけなさい」


「そんなこと、紅月は望みません」


 そんなことをしたら紅月は恐縮して、また何か無茶をするかもしれない。


 凌雲の返事に皇太后はふうとため息をついた。


「なにかあった時、後ろ盾が弱いままでは駄目よ。陛下がわたくしの養子となったのも、そのまま皇太子にしたら周りがうるさかったからでしょう」


 政治には力関係が重要である。皇太后の言うことは耳が痛かったが正しい。


「分かりました」


 凌雲は頷き、その場を後にしようとした。


「お待ちなさい。あとひとつ。すぐにとは言わないけれど、他の妃のことも考えなさい。特に皇后を。わたくしがいくら目を配っても限度というものがあるわ」


「……はい」


 やはり、この人は苦手だ。人のことを見透かしているようで、まだ年若い皇帝である凌雲は居心地が悪くなる。


「ところで義母はは上は、猫はお好きですか」


「ええ、好きよ。うちにも二匹おりますよ」


「……そうですか」


 凌雲は今度こそ、皇太后の宮殿を後にした。


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