第31話

 その日の朝に死んでいるのが発見されたのは三人の妃だった。いずれも寝台で目を開いたまま亡くなっており、先日の妃と同じように腹の中が腐っていた。


 続けて三人が犠牲になったことは後宮中に衝撃を走らせた。


「そ……そんな」


 その三人の妃の名を聞いた紅月は思わずふらついて、床に膝をついた。


「大丈夫でございますか」


 状況を報告しにきた白瑛が駆け寄る。


「……うっ」


 死んだ妃のひとりは潘淑妃だった。生まれを鼻にかけるところがあり、紅月に対してはあからさまに敵愾心を燃やしていたが、高美人のように呪うことなどせず、どこか愛嬌があった。いつか占いをしたりおしゃべりをする仲になれるんじゃないかと思っていたのに。


「どうして……」


 顔を知った者の死は紅月の心を蝕んだ。


「私のせいだわ」


 いつまでも蠱師の正体を見つけられない自分のせいで潘淑妃は死んだのだ。紅月はぎゅっと拳を掴んだ。


「紅月様、これを」


 白瑛が手巾を手渡してくれる。紅月はそれで涙を拭った。


「紅月様のせいではございませんよ」


「……ありがとう」


 だが紅月には玄牙がいる。見えないものを見る力がある。なのに、みすみす彼女たちを死なせてしまった。その自責の念が紅月を苦しめた。


「なんでこんなことをするのでしょう」


「……後宮などなくなればいいと思っているのかもしれませんね」


「恐ろしいことを」


 ここを滅ぼしてどうしようというのか。後宮の役割は皇帝の跡継ぎを作ること。つまり帝国の存続を担う責務がある。そこを消滅させようとすることは帝国を滅ぼすことに繋がる。


「もちろん、いいところとはいいがたいけれど。私たちが何をしたと言うの」


 紅月だって好きで来たわけではない。父の正妻の麗珍の差し金がなければ、地方の役人の誰かの妻となって平凡に暮らしていただろう。


「少しお休みになられた方が……」


「そうね……そうするわ。報告ありがとう」


 白瑛が一礼して部屋を出て行く。紅月はその後も、しばらく動けなかった。


 後宮は夜間だけでなく、昼間も外出が禁止となった。死んだような静寂の中で、どの妃も次は自分ではないかと怯えながら過ごすこととなった。




『紅月よ。本気か』


 紅月はそれから数日して少し気分が落ち着くと、玄牙を呼び出した。念の為、紅月も声は出さずに玄牙に語りかける。


『ええ。夜間は猫の姿で後宮を見回るわ。犯行は全て夜行われてる。きっと蠱師は昼間はなにか……仕事かなにかあって動けないのではないかしら』


 いつ紛れ込ませたかわからない昼餐会の事件以外は夜中の犯行だ。だから紅月はまた事件が起こるのなら夜だと思っていた。


『玄牙が教えてくれたんじゃない。猫の姿ならどこでも行けるって』


『だが、この広い後宮をその短い足でどう回る』


 完全に見下した顔で玄牙は紅月を見てくる。


『それは……ね。玄牙に手伝って欲しいかな……って』


『勘弁してくれ。面倒だ』


『蠱師を捕まえられるかもしれないのよ』


 猫の姿は自由だが、玄牙の言う通りちっぽけだ。遠くの宮殿まですみずみ見回れるとは思わない。


『勘違いするな。俺はお前に飼われているわけではない』


 だが玄牙はなかなか首を縦に振らない。玄牙も根本は猫なのだ。気まぐれで我が儘である。


『ちゃんとお礼はするわよ。ほら……これ』


 紅月は卓の上に酒瓶を置いた。


『……ん』


『こないだ飲ませたのより上級の、皇帝陛下に献上している酒よ。きっと美味しいんじゃないかしら』


『んんんん……』


『だからね?』


 紅月が手を合わせると、玄牙は仏頂面のまま酒瓶をひったくった。


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