第33話

 後宮に現れた蠱毒は、ゆらりゆらりとまるで獲物を探すように蠢いている。


『あれは……百足?』


 紅月の目には、沢山の足を持った虫のように見えた。本能的に背筋のぞっとする姿だが、動きは遅い。


『紅月、俺がやってくる。その辺の茂みにでも隠れてろ』


 東側の通路の影に降り立った玄牙は、紅月をそっと地面に下ろした。


『玄牙、私もやる。でもその為には少し時間がいる。この宮の人間を眠らせて欲しい。できるでしょ』


 玄牙が初めに現れた時、彼は雪香の意識を失わせていた。


『できる。だが何をするつもりだ』


『鬼を祓う儀式をする。どこまで効くかはわからないわ。でも足止めにはなるでしょう』


『……わかった』


 玄牙は紅月を抱いて、目の前の宮の中庭に降り立った。玄牙は唇に手を当て、ふうと息を吹く。


『これで中の者は意識を失った』


『ありがとう』


 紅月はすぐに人型になった。そしてそのまま宮の内部を歩き回り、明かりの付いた書斎を見つけると、紙と札を手にする。


『何か着ろよ』


「そんな時間はないわ」


 紅月は何かを必死に書き付けている。出来上がったのは護符と上奏文。


「玄牙は儀式が終わってからあの蠱毒に向かって。あなたも術に巻き込まれてしまうから」


 紅月は護符を中庭に貼り、北の方角を向いて右手に天への上奏文を持ち、左手に火を掲げ、呪文を唱える。


「天一女青が万千の鬼を殺し、太一九気が邪神を収め、鬼は死に神は至れ……」


 紅月はいくつか方向を変え、それらを三度繰り返した。


「太一は私に万鬼を殺させる。鬼は去り、神は至れ。急急」


 紅月が呪文を唱え終えると、護符から光が発せられ、何本もの輝く手が蠱毒へと向かった。それらは蠱毒に絡みつき、地から引き剥がそうとしている。


『行くぞ』


 それを見た玄牙は空中を駆け、蠱毒の元へと向かった。


『玄牙……!』


 ただちに紅月も再び猫の姿となり、宮を出て玄牙の消えた方向へと向かう。


 そこで紅月が目にしたのは、紅月の術に縛り付けられた蠱毒の喉に食らいつく大猫の玄牙の姿だった。無数の足が玄牙を追い払おうと襲いかかる。その足を食いちぎり、咆哮を上げる。


 すると、百足の蠱毒がぶわりと後退し、黒い岩の塊となってその場から逃げ出した。


『……追いかけなきゃ!』


 紅月が駆け出すと、ひょいっと玄牙がその首を捕まえ、背中に放り投げた。


『あっちだ』


 蠱毒の後を追って、紅月たちは空を駆けた。


 そして辿り着いたのは……。紅月の宮殿だった。


『こ……ここに蠱師がいるの……?』


 紅月の背中の毛が警戒で立ち上がる。誰なのだ。こんな近くにいて気づかなかったなんて……。紅月はごくりと喉をならして、宮殿の中に入った。


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