第19話

「玄牙! 玄牙!」


 自室に戻った紅月は、いらいらしながら玄牙の名を呼んだ。


『よお』


 そんな紅月の顔が面白いのか、玄牙はにやにやしながら姿を現す。


「なんなの。何も言わずに消えてしまって」


『まあ、怒るな。あの場で説明するのは難儀だったのだ』


 玄牙はどかっと椅子に座り、足をぶらぶらさせながら紅月を見た。その様子が不真面目に見えて、紅月はますます腹を立てた。


「あなたねぇ……」


『どうも分からんかった』


「え?」


 ふいに告げられた玄牙の答えに、紅月はぽかんとして聞き返した。


「それは……皇太后陛下は無関係だってこと?」


『ううん……』


「ちょっと、はっきりしてよ」


 紅月の苛立ちは頂点に達して、玄牙の腕を掴んで揺すった。だが、玄牙は紅月に揺すぶられながらも、難しい顔をしているだけだった。


『確証のないことは言えん。俺だってこの身に起きている全てのことが分かるわけではない』


「どういうこと」


『俺に見えていたのがなんなのか、説明できないということだ』


「玄牙には……何が見えていたの?」


 紅月は玄牙から手を離して、その顔を覗き込んだ。


「あの女からは蠱毒の気配がしていた。それからあの匂いもした」


「匂い……?」


「俺が生まれた時に嗅いだ匂いだ。だから何か関係があるのだとは思うが……」


 そう言うと、玄牙は紅月の手首を掴み、じっと見る。


『俺にはお前との間の繋がりが目に見える。俺を使役する蠱師と繋がる者がいれば、それも同様に見えると思ったんだが……。という訳であの女が諸悪の根源だとは分からんという訳さ』


「そう……」


 いっそ皇太后が無関係ならいいのに。と思った。彼女が皇帝の呪殺を企てていなければ、今日話した言葉のいくつかは本当だと思える。


(そしたら……凌雲様にあなたを思ってる人がちゃんと居るって……ひとりぼっちじゃないって言えるのに)


「私と……玄牙の『繋がり』ってどんな風に見えているの?」


 紅月がそう聞くと、玄牙はそうだな……とあたりを見渡し、紅月の衣についた組紐を指さした。赤と金糸の組紐だ。


『これに似ている。お前との繋がりは鮮やかでわかりやすい。お前が俺を呼ぶと輝く。それを辿って俺はお前の居場所に行ける。蠱師との繋がりは……黒い鎖のようだ。重く、冷たい』


「それは辿れないの」


『俺からは無理だ。お前のところにもお前が呼ばなければ行けないだろう』


「そっか……」


「あの女を見張るのか?」


 紅月は悩んだ。玄牙は彼女の周辺に蠱毒の気配を感じたという。皇太后が命じたのでないのやも知れぬが、どこかに繋がりがあるのかもしれない。


「手がかりになるかもしれない。そうするわ」


 紅月は皇太后がどのような人物か、それを含めて、彼女に近づくことを決めた。


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