第66話

 ダリルの告白後、クリスティーナに連れられて寮まで帰ってきたけれど、それ以外何も覚えていない。気が付けばベットの上に制服のまま、枕を抱え、横になっていた。まだ、顔がほんのり熱い。


 ぼんやり寝転んでいると、扉を数回叩く音が聞こえた。私は体を起こし扉を開ける。そこには、いつも物を届けてくれる少しふっくらした寮母がニコニコしながら立っていた。


「あら、枕なんか抱えてどうしたんだい? 寝てたのかい? 顔が赤いけど大丈夫かい? 辛かったら遠慮しないで言いなさいね。ほら、お手紙が届いていたよ」


 ぼんやりしすぎて枕を抱えたまま扉を開けてしまい、いつも気さくな寮母から体調を気遣う言葉をもらい、2通の封筒を受け取る。2通とも色が微妙に違うけれど、紫の封筒だった。私は封筒を受け取り「大丈夫です。いつもありがとうございます」と寮母にお礼を言う。彼女が去るのを見届け扉を閉めた。


 封筒を裏返し送り主を確認する。一つは兄から。もう一つはクリフからだった。私はベットに座り、封筒を二つを並べ、どちらから開けようか悩む。悩むほどの事でもないように思えたけれど、兄の封筒には『心して封を開けよ』と不気味に書いてあった。私は眉間に皺が寄る。


 『心して封を開けよ』って、良くないことが書かれていそうだわ。


 どう見ても兄からの手紙には、途轍もない重要な事が書かれている気がした。いつもの手紙より少し厚みがある。


 何故か、封筒から恨みというか不吉なそんなオーラも出ている気がした。でもただそう思っただけで、本当にそんなオーラが見えるわけでもない。


 もう一方のクリフの手紙はきっと当たり障りの無い普通のものだと思った。兄の方には『急ぎ開けよ』とは書かれていない。まして、心の準備も出来ていないのに封を開けるのは無理だ。開けたくない……。


「よし! クリフ様の方から見ましょう!」


 ペーパーナイフで封を開ける。中の便箋も紫のグラデーションになっていた。読み進めていくと、挨拶から始まり、元気にしているか、仕事が少し早く出来るようになり楽しい、今度また話をしたい、などが書かれていた。


 不思議なものね。婚約者でなくなったらお花や手紙をもらうなんて。婚約していた時には手紙も無かった。文の最後の行には、次の休日に会えないだろうかとも書かれている。


「また、エリク先生についてきてもらった方が良いわよね。お返事は先生の都合を聞いてからだわ」


 私は手紙を入っていた通りにまた封筒に片付ける。そして、もう一方の兄からの封筒に目を向けた。いつもなら早々に封を開け読むのだけれど、やっぱり読む気になれない。どんな内容なのか気にはなるけれど。


 一体何が書いてあるのだろうか?


 時計の時間を見るともうすでに夕食の時間になっている。夕食を食べてからにしようと封筒をそのまま置き、準備をする。準備と言っても自分で作るわけではない。食堂で作られているものを自分が食べたいものを選ぶ。食堂で食べても良いし、部屋に持って行っても良い。皆、放課後以降はいろいろと用事があるようで夕食をとる時間がバラバラだった。仲良しのクリスティーナ、カノンと一緒になる事も少ない。もちろん寮だから男子寮と女子寮は別々なので、此処には男子生徒はいない。


 食堂に行くと一人で食べている人やグループに分かれて夕食を食べている女子生徒たちが疎らにいた。クリスティーナやカノンの姿も見えない。まだ、何か用事があって来ていないのだろう。私は、部屋で食べることにした。トレーを持ち順番に料理を盛りつけられているお皿を取る。最後に飲み物とデザートを乗せ、私は部屋に戻るため食堂を出た。


 慎重にトレーを持って運んでいると途中、クリスティーナと出会った。


「レミリア様、ご自分のお部屋で今から夕食ですか?」

「はい。そうです」

「私もご一緒しても良いですか?」

「ええ、もちろん良いです」

「ありがとうございます。今、取って来ますのでお部屋で待っててください」


 クリスティーナはそう言うと食堂の方へ向かって行った。私は自分の部屋に戻る。扉を開け、テーブルの上にトレーを置く。部屋には簡易な丸椅子2客、用意されている。テーブルをその椅子を挟み向い合わせで置いた。


 暫くすると、扉を叩く音がする。扉を開けるとクリスティーナとカノンがいた。食堂でカノンと会ったらしい。


「ご一緒しても良いですか?」

「いいわよ、どうぞ」


 二人を部屋に招き入れると、クリスティーナが、「寮のテーブルって狭いわよね」そう言いながらテーブルの上にトレーを置いた。確かに3個のテーブルを乗せると狭い。一人部屋なのだから仕方がない。


「学院にもっと広めのテーブルを用意するように抗議しようかしら?」

「そうですね。でもクリスティーナ様、そうなるともう少し広い部屋が必要になってきます」

「それもそうね……」


 カノンとクリスティーナはそんな会話をしていた。数人で食事をする前提に作られていないはず。そんな抗議したら、食堂で食べなさいと逆に注意されそうだわ。用意した丸椅子には二人に使ってもらい私は勉強机の椅子を使った。ちょっと高さが低いけれど、然程気になるものでもなかった。


「頂きます!」


 三人で手を合わせ、食べ始める。食べ始めてすぐにクリスティーナが話しかけてきた。


「レミリア様、カノン様、今度のお休みに街へお出かけしませんか?」


 飲み物を口にしていた私は彼女の一言に、ゲホゲホと咽てしまった。


「レミリア様、大丈夫ですか?」とカノンが慌てて私の背中を擦ってくれる。

「あ、はい。ありがとうございます。カノン様」と私は涙目でハンカチを口に当てた。


『今度の休み』と聞いて驚いてしまった。前回のお休みの時のお誘いを断っていたから、今回断ると事に申し訳ない気持ちになる。それにしても、タイミングが悪すぎだった。先程のクリフの手紙の事を想いだした。


 やっぱりクリフの方を断ろうかしら? 別の休みの日にしてもらっても良いわよね。そしてきっと……。


「それは……王太子殿下もご一緒と言う事でしょうか?」


 私は恐る恐る聞いた。最近、クリスティーナとダリルは手を組んでいるような、そんな気がする。


「そうよ。ダリル殿下からのお誘いよ」


 やっぱり、と私は溜息を吐いた。『友人として数人と行くなら……』なんて言わなければ良かった。カノンはカノンで、ダリルがいるのなら「アルト様も呼んでも良いでしょうか?」とクリスティーナに尋ねていた。でもアルトの事だ。ダリルがいれば、護衛をしなければならないから誘わなくても付いてくるだろう。もしかして、カノンもダリルと手を組んでいるのだろうか、そう考えると皆、怪しく見えてきた。


「ふふふ、そうね。そうしましょう!!」とクリスティーナは張り切って言ったけれど、「でもね……」と少し残念そうな表情で続ける。


「私はレミリア様をダリル殿下に独り占めされるのが嫌なの。だから本当は女子だけで行きたかったのよ」


 私は眉間に皺を寄せた。可笑しな話ではないか、それは。皆で出かけるのに、何故私はダリルに独り占めされなければならないの? それは皆でお出かけする意味が無いじゃない。カノンも不思議に思ったのだろう。


「もしかして、王太子殿下はレミリア様に告白されたのですか?」

「へ?」


 私は気の抜けた声を漏らした。


「何故、それを……」


 私の一言にカノンはキョトンとした顔をした。私にしたらダリルが好意を寄せていることがどうして分かっていたのか、不思議だった。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る