第30話 メイナードの歓喜

 俺は謁見室でこの国の王、自分の父親と向き合っていた。

 何もない質素な部屋ではある。赤い絨毯が敷かれ、長いテーブルがあり10客の椅子が置かれていて、上座の席に父が座っていた。いつ見ても最低限の物しか置いていない。


 卒業パーティーが終わってすぐに父に謁見を願い出た。夕食の時まで待てと言われたが、少しでも早く父に話を聞いてほしかった。すぐに会ってほしいと言えば、渋々だったが会ってくれた。


「メイナード、とりあえず卒業おめでとう」

「とりあえず、ありがとうございます、と言わせて頂きます」


 父が俺の少し反抗的な態度に片眉を上げた。俺と似た緑色の瞳でこちらを見る。俺と兄の瞳は父親譲りだ。父の瞳は少し灰色かかった灰緑色。若い頃はもう少し明るめの緑色だったらしい。年には勝てないと言う事だ。


「急ぎの謁見と聞いたが、どのような件だ」

「婚約の話です」

「ほお、やっと婚約する気になったのか?」

「リアと……エミーリア・レグルス伯爵令嬢と婚約させて下さい」


 俺は精一杯、頭を下げる。だが、すんなりと認めてもらえるとは思っていない。一筋縄ではいかないのは分かっている。父が口を開くまで俺は頭を下げたままだった。


「ダメだと言ったら? メイナードはどうするつもりだ?」


 え? と俺は顔を上げた。今までは頭ごなしに『ダメだ』の一点張りだった。俺の予想は今まで通り、『ダメだ』の一言で終わると思ったのに、どういう心境の変化だ?


「それでも婚約させてもらえるまで、頭を下げます!」


 父は目を瞑り腕を組み、うーんと唸り考え込んでいる。


「俺はエミーリア嬢でなければ、一生結婚はしません!」

「戯けたことを言うな! 王族がそんな事を言ってどうする!」

「では、婚約を認めてください! エミーリア嬢も今は婚約者がいないではないですか! この機を逃したくありません!」

「だが、レグルス家が許さないだろうな……」

「どうしてですか? 俺も馬鹿ではありません! レグルス家が王家を嫌っているように見えます。それは何故なのですか?」


 父はまた目を瞑り腕を組む。何か言おうか言わないか迷っているようだった。


「父上! 教えてください!!」

「……分かった」


 そう言って父は不承不承にエミーリアとクリフの婚約の経緯を教えてくれた。

 まさか、そんな話になっていたとは思いもしなかった。

 そして婚約がなくなり、ルピナス家の領地を王家が没収することになっているのだと言う。そしてルピナス家は爵位は今の代までで、クリフには与えられない。

 元々、俺と兄がエミーリアに好意を持ったことで王家がレグルス家にルピナス家との婚約をけしかけたことになっており、レグルス家の現当主は王家を目の敵のように見ているということだった。


「我々王家としては、今でも公爵家か侯爵家から婚約者を選んでほしいと思っている。だが、お前がどうしてもと言えば考えなくもない。だが、レグルス伯爵家ではまず向こうが許さないだろう」


 俺は両手をグッと握りしめた。父の話を聞けば、リアに関わらない方が良いのは分かる。王家の都合で振り回されたんだ。……それは分かる。だけど、やっぱりリアの事を諦めたくなかった。


 俺は大きく深呼吸をして父の瞳を見つめた。


「俺がどうしてもエミーリア嬢でなければならないと言えば、父上は……王家は認めてくれるのですね?」

「……ああ、認めよう」

「言質はとりましたよ。あとはレグルス家に行って落とせばいいんですよね?」

「……ま、まあ、そういう事だ」

「分かりました。精一杯努力してみます!」


 俺はそう言って頭を一度下げ、謁見室を出て行った。

 長い廊下を歩きながら自分の部屋に戻る。戻る途中に顔がにやけそうになった。もう少し手こずるかと思っていたけれど思いの外、そうではなかった。父から伯爵家との婚約を認めてもらえたのだ。やっと……やっとだ。後はリアに振り向いてもらって、レグルス家を説得すればいい。どちらかと言うとこちらの方が難儀しそうだ。だが、明日が楽しみで仕方がない。リアにまた会える、会いに行ける。そう思うとスキップをしたくなる。だが、誰が見ているか分からない。見られたらやっぱり恥ずかしい。


 そうだ、兄上に報告に行こう。


 俺は自分の部屋より、先に兄の部屋に向かった。


「兄上!」


 もちろん俺はノックをして入った。部屋には兄一人だった。兄は机の上にある書類を確認しながらサインをしていたようだった。そして、その手を止め、俺を部屋の窓際にある円卓の椅子に腰掛けるよう促し、円卓を挟んで向かい側に座る。


「どうしたんだ? 機嫌が良さそうだな」

「わかるかー? 父上からレグルス伯爵家との婚約の許可が取れたんだ!」


そう言った途端、兄の顔色が少し変わった。


「あ、ああ……そ、そうか。よ、良かったな」


 俺は兄の気持ちを考えずにうれしくて、真っ先に此処に来てしまったことに今更に気付いた。兄もリアに好意を持っていたんだった。


「兄上、申し訳ございません」

「何故、謝る。気にするな、大丈夫だ。俺はちゃんと気持ちを整理した。政略結婚とはいえ、妃も頑張ってくれてるから俺も頑張れるんだよ」


 先にリアと婚約をしたいと父に言ったのは、兄だった。それを聞いた俺が自分のリアに対する想いに気づいた。父が婚約に反対しなければ、兄がリアと婚約していただろう。そう思うととても複雑な心境になった。俺が神妙な顔つきになっていたのだろう、兄は「本当に大丈夫だ」と言ってくれた。


「それよりメイナード、エミーリア嬢のドレスは似合っていたよ。メイナードが贈ったのだろう? お揃いの装いで二人ともよく似合っていたよ」

「はい。ルッツにリアの後をつけさせてどんなものが好みかを調べてもらいました」


 そんなことまでしていたのか? と驚いた表情だった。確かにやりすぎのように思った。ルッツから「それを俺に頼むの?」と白い目で見られた。だけど、どうしてもリアの情報が欲しかった。


 リアと俺の装いがお揃いのようで、驚いたと兄は言った。卒業生の挨拶の時にはラルスに睨まれたらしい。まあ、俺も近くにいたから大体は見当がつく。リアとラルスが俺の衣装を見て固まって驚いていたのが見えたから。あれは少し面白かった。流石にこんな事をしてくるとまで予想は出来なかっただろうと思っている。


「まあ、俺にはそんな真似は出来なかったな……」と兄は呟き、続けた。

「父から伯爵家との婚約の許可が出ても、レグルス伯爵家では嫌がるだろうな。あのラルスを見ると、絶対に王家とは深く関わりを持ちたくないという感じだからな」


 兄は先ほど父から聞いた話を知っているのだろうか。多分、知らないのだろう。知っていたら兄の性格からしてラルスと友人関係にはならなかっただろうから。自分たちの所為で妹がクリフ・ナピナスと婚約させられたのだから。父から聞いた話は特に話さなくてもいいだろう。


「俺は何度でもレグルス家に行って、婚約を認めてもらうよ。その前にリアにこっちに振り向いてもらわないといけないけどね」

「そうだな、今日の様子からだと全然お前に興味がないって感じだったよ」

「兄様、それ……言わないでもらえますか? 結構、辛いものがあります」


 兄は、はははと笑いながら俺の頭をグシャグシャに撫でた。


 リアは俺の事に余り興味がなかったようだったけれど、今日の事を思い出すと興奮して、嬉しさが込み上げてきてなかなか寝付けなかった。

 俺は本当に明日が楽しみでならない。

 またリアに会える。

 また、嬉しさが込み上げてくる。

 早く会いたい。

 早く明日になれ。

 

 今日は嬉しくて眠れそうにない。

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