第9話

「ところで、エミーリア。その手紙には卒業パーティーにエスコートをしたい、とだけ書いてあるのかい?」


 父の言葉にもう一度手紙に目を落とす。


『こちらでドレスと装飾品、一式をご用意いたします。それを着てくださいね。

絶対ですよ。着てくれなかったら、どうなるかわかってますよね?』


「ひぃっ……」


 私は声にならない声を上げた。

 最後の『着てくれなかったら、どうなるかわかってますよね?』でゾクゾクと寒気が走り震えあがった。

 その様子を見た兄が、早々に私から手紙を取り上げると読み、父に渡す。父は目を通すと母に渡し、母はそれを声に出して読み上げた。そして読み終わると、不敵な笑みを浮かべる。


「これは、王家から我が家の宣戦布告と思ってもよろしいですわよね?」


 母の目つきが変わった。

「はあ!?」


 あ、また淑女らしからぬ素っ頓狂な声を張り上げてしまった。


「エミーリア、はしたない。そんな声を上げてどうするんですか?」

「お、お母様こそ何てことを言うのですか? 王家に対して宣戦布告だなんて……我が家は、単なる伯爵家ですよ。恐ろしい事を言わないでください」


 あのおっとりとした母は一体どこに行ってしまったのでしょう。母の瞳の奥にはメラメラと炎が燃えている。

「まあまあ、そこまでにして。エミーリア、結局のところどうするんだい?」


 父は、母の背中をトントントンと叩いて落ち着かせながら、私の意思を確認する。

 私も出来れば、兄のエスコートをお願いしたい。いきなり第二王子のメイナードでは、緊張もあるけれど、目立ちすぎるし人の目も気になる。いきなりのエスコートはお断りしたい。でも、そんな事が出来るのだろうか?


「エミーリア、エスコートを断るなら、俺からアイツに伝えてもいいぞ」

「え?」


 兄の言葉に気持ちが傾く。


「お兄様、仮にもこの国の第二王子殿下ですよ? お断り出来るはずがないのではないのですか?」

「ん? 大丈夫だよ。アイツも逃げ道が無いように見せかけているけど、ちゃんと逃げ道を作っていてくれてるから。ほら、正式な手紙の扱いじゃないだろ? 刻印もないし。そこは、断っても大丈夫と言う事だろう」


 兄は封筒を見せてくれた。確かに刻印が無いのは、王家からの正式なものでは無いという事。学園の中で友達と簡易的な手紙のやり取りみたいなものだ。


「だけど、最後の文の『着てくれなかったら、どうなるかわかってますよね?』は、『逃げられると思うなよ』って意味だな、これは」


 ひぃっ! と声が出そうなったけれど、飲み込み、心の中で叫んだ。声に出せば、また母に注意される。兄の解釈だと、第二王子は婉曲と言うより、遠回しの表現をしているようだった。

 これはでは、兄からお断りをお願いした方が良いように思えてきた。私が直接不敬にならないようにやんわりとお断りしている間に、言い包められる可能性がある。


「お、お兄様、お断りをお願いしても大丈夫ですか? 自分でお断り出来ないような気がしてきましたわ」

「ああ、任せておけ!」


と兄は微笑んだ。


「ラルス、ビシッと断って来るのよ! あなたまで言い包められたら、家にはいれませんわよ!」

「お、お母様! またそんな怖いこと言わないでください!」


 いつもおっとりとしている母は、今日は別人のように見える。やはり王家に対して何か恨みでもあるのかしら?


 私は、緊張していた体に深呼吸をして、兄に任せて大丈夫かしら、と心の中で思った。




 夕食後、私は残りの手紙や贈り物の確認をするために兄の部屋に訪れていた。

 手紙の大半の内容は、卒業パーティのエスコートの誘いだった。一部を除いては。


「エミーリア……これは、どうしたら良い?」


 兄はその手紙の内容に、必死に笑いを堪えていた。兄が手に持っていた手紙は、顔を真っ赤にして、授業が始まってしまうというのに教室から走って出て行ってしまった例の令嬢、リリエラ・ハミルトン子爵令嬢のものだった。


『エミーリア様。初めてお会いした時は、貴方のその美しさに心臓が飛び出るほどの衝撃を受けました。もう、私は貴方の虜です。いつも影からこっそりと拝見しておりました。これを機にお友達になっていただけないでしょうか?』


「さすが、我が妹よ。女子生徒からも人気のようだね。熱烈なラブレターだ」

「……そ、そのようね……」


 ああ、もう何も言葉が見つからない。皆、どうしたというのかしら。まあ、彼女とは昼食後、中庭を一緒に散歩しましたし、『お姉様』と呼ばれることにもなってしまっている。今更だけれど彼女はお友達になって欲しいということだから、「良いですわよ。こちらこそよろしくお願いいたします」と、お返事を出して良いですよね。女子生徒達からの手紙は皆、その類いものだったので、同じように返事を書いた。


 残りは、男子生徒のお返事よね。エスコートは兄にお願いしてあるから、「先約がある」というお返事で良いはず。でも昨日、婚約破棄を受けて、早、先約があると言っても納得してもらえるのでしょうか? 少し不安です。


「エミーリアも大変だね。で、贈り物の方はどうする?」


 女子生徒達から頂いた物は中身を確認すると色鮮やかな石が付いた髪飾りや大きめのビーズのブレスレットだった。とても可愛いらしい物ばかり。

 男子生徒から頂いた物は、中身を見ていないので予想になるけれど、包装やリボンなどを見ると有名装飾店のネックレス、イヤリングのような物のようだった。男子生徒から頂いた贈り物の中には名前と顔が一致しない方もいる。これで、送り主の瞳と同じ宝石でもついていたら、恐ろしい気持ちになる。男子生徒からの贈り物は丁寧にお断りしてお返ししましょう。


「贈り物はお返ししますわ、お兄様」

「うん、その方が良いね。賢明な判断だよ……さて、俺の可愛い妹の心を射止めるのはどんな男なんだろうね?」

「……お兄様。私は暫くは自由に青春を謳歌したいのです」


 兄は少し諦めた表情をした。その表情には、どんな意味があるのだろう。家族はナピナス侯爵家の婚約を私の意思とは関係なく進めてしまったことに、罪悪感があるようだった。だから、今は私の気持ちを優先してくれている。兄の考えが読めない。


「お兄様、何故そのような表情をされるの?」


 私は思い切って聞いてみた。


「ああ、深い意味はないんだ。自由はいいけれど、その後はエミーリアにとってどうしたら良いのかと……新しい家族が増える事は良いことだと思っているよ。もちろん、結婚せずにこの家にいる事もそれは構わない。エミーリアがしたいようにすればいい。だが、社交界ではそういう訳にはいかなくなる。結婚しないでいると、面白半分に変な噂を流す輩もいるかもしれないよ」


 兄は、本当に私の将来を心配していてくれているのだろうと思った。それはきっと父も母も同じなのだろうと。正直とても嬉しかった。


「お兄様、心配してくれてありがとうございます。しっかりと自分の将来も考えてます。でも……やっぱり今は婚約とかは考えたくないのです。我が儘を言って申し訳ございません」


 私は兄に90度、頭を下げた。


「わかったよ。エミーリアの好きな様にして良いんだよ。まあ、変な噂が流れれば、出来るだけこちらで対処しよう」


 ありがとうございます、と兄に伝えると兄は私の頭を優しく撫でた。

 私も家族には迷惑をかけたくない。貴族としての立場があるのが分かっている。だから、自由になりたいと言ってもそんなに長い期間は考えないようにしようと思った。


 そして私は本当にこの家族に愛されているのだわ、と感じた。


 

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