第8話
父と兄と私は、第二王子メイナード・ドルーニア殿下からの封を開けていない手紙を机の上に置き、それを囲むようにソファに座った。皆が、穴が開くほどに手紙を凝視していた。
「このお手紙……ど、どうしましょう? 私は……本当に何か失礼なことをしたのでしょうか?」
震え上がる私を見て、父と兄はポカンと口を開けている。
「エミーリア、何か勘違いをしてないか? こんな可愛い妹が、あんな奴に失礼なことをするわけがない」
兄の言葉に父は、そうだ、と頷き同意する。
王子殿下に対して『あんな奴』って、この親子は大丈夫なのか、不敬罪で捕まらないのだろうか。変な汗が流れてきたわ。
「で、でも、お兄様。単に私が気づいていないだけかもしれません」
父や兄が否定してくれたけど、やっぱり不安だ。
「エミーリア、大丈夫だよ。エミーリアにそんな事があるわけがない。あるとしたら、向こう側にある」
え? 向こう側って、第二王子殿下に?
「そうだ、あるとしたらあっちにあるだろう。こっちには非はない」
この親子はどうなっているのだろう。このままでは、話が進まない。私は意を決して封筒に手を伸ばした。
コンコンコンと、扉をノックする音がした。こちらが返事をする前に、扉が開く。
「3人が集まってどうされたの?」
「母上……」
そういえば、もう夕食の時間だった。時間を忘れて、三人で話し込んでしまっていたから、母が呼びに来たようだ。三人が深刻そうな顔をしていたので、何かあったのだろうと察したようだった。母は机の上に置かれた封筒に目をやった。
「それはなあに? お手紙? どなたからかしら?」
おっとりした母は小首を傾げ、その封筒を手に取り宛名と差出人を見た。けれど、何かの見間違いかと思ったらしく、2、3度確認し、固まった。
「お母様?」
「ラルス、これはどういうことかしら?」
見る見るうちに母の表情は険しくなり口調も厳しいものに変わった。母は手紙を兄の目の前に突き出す。
兄の方を見ると母の豹変に目を見開き、息を止まったかのように驚いていた。
「すみません。学園で手紙を用意するとは思っていなかったので……」
兄はオドオドした様子で、そう答える。
「お、お母様?」
「エミーリア、このお手紙は見なかったことにしましょう。私達は何も見なかった。この手紙は最初から存在すらしなかった」
母は微笑む。
「え? お母様?」
母まで恐ろしい事を言いだした。本当に我が家の家族はどうなっているのだろう。もしかして第二王子、メイナードに恨みでもあるのだろうか。それにしても、母の微笑んだ顔が怖い。口は笑っているのに、目が笑っていない。この手紙に何が書いてあるんだろう。
「お母様、その手紙を見せてください」
「エミーリア……見ない方が良いわ。これは、本当よ、見ないで燃やしましょう」
父と兄が首を縦に振って頷いている。
「お母様、燃やしたりしたら不敬に当たります」
「じゃあ、す……」
「捨てません。捨てても同じです。見せてください」
私は少し強めの口調で言う。そうでもしないと、なかなか封筒を渡してくれそうにないからだ。母は諦めたようで渋々、それを渡してくれた。
私は封筒を受ける取ると、ペーパーナイフを右手に深めの深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。何が書いてあるかは分からないけれど、覚悟を決める。
サクサクとペーパーナイフで封を開けて、中身の手紙を取り出す。その紙を見ると、とても上質な紙だけれど、高位貴族が使うほどのものでもなかった。そういえば、封筒も刻印が無い。普通に友達同士が送るような簡易な封だった。そう形式張るような格式の高いものでもない。私はもう一度深呼吸をして、折りたたまれている紙を開いた。
「……」
え? 何かの間違いよね。
私は開いた手紙を一度折り曲げ、また開く。やっぱり書いてある内容は先程見たものと同じだった。私は、父、母、兄の顔を見る。三人とも何とも言えない残念そうな表情をしていた。
「えーー!? こ、これは……何かの間違いでは?」
兄は苦笑いをして、間違いじゃないと思うよ、と言う。
「俺の予想が当たっていれば……それは多分、卒業パーティーのエスコートがしたいという内容だろう」
はい、兄の予想通りの内容でした。
「でも、どうして私なんかに……婚約者と出席なさらないのですか?」
「この前、言っただろう……エミーリアの婚約の取消しになるだろうと、学園に入学しても婚約者を決めていない男子学生が何人かいるって。アイツもその一人だよ」
「えーー!? どうしてですか? 私、殿下とは面識がないと思いますけど」
そうだ、確かメイナードとは学年が一緒だった。けれど、面識がない。それでも兄の話の口調を聞いていると、兄とメイナードが親しいようにも思える。兄と私は3歳違うのだから殿下も同じ。だから兄とメイナードの接点は無いはずなのに。
「実は、あるんだ。面識があるんだよ。エミーリアは覚えていないだろうけど。俺と王太子は同じ年だ。一緒に勉強したり、剣術をしたりした仲だった。今も昔と変わらない付き合いをさせてもらってる。何度かエミーリアを連れて、一緒に遊んだことがあるんだが、その時にメイナード殿下もいたんだ」
私は王太子とメイナードと一緒に遊んだ記憶が全くない。そんな王族と遊んだら覚えていそうな気もする。
「お兄様、私には覚えがありません」
「まあ、あの時はエミーリアも学園入学する前だったからね。それに、あの二人はお忍びで王宮から来てたから、身分を隠してエミーリアと遊んでいたよ」
確かに私の記憶には、男の子2人と兄と4人で何度か遊んだ記憶がある。身分を隠してと言われると、あの時の男の子たちが王子殿下だったって事になる。思い出したとたん、冷や汗が出てきた。
小さい方の男の子を従者の様に接しいていた記憶が……蘇ってきた。
「お、お兄様。わ、わ、わ、私、大変な事を思い出しましたわ。ど、ど、ど、どうしましょう。あ、あ、あの時、小さい男の子の方に……ああ、何てことをしていたのかしら!? あの時の私をぶってやりたい!!」
いくら小さかったとは言え、学園入学前の話だ。何故、今まで気づかなかったのだろう。
「まあ、あの時のエミーリアはメイナード殿下に対して……いや、もう済んだことだ。その事は気にしなくていいぞ。アイツはあの時の事は何とも思っていない」
「何とも思っていないって、お兄様。第二王子ですよ! なんて失礼な事を……」
はあ、と大きな長い溜息が出てしまった。それにしても、廊下ですれ違うことはあったかもしれないが、学園に入ってからは会う事も話をする機会もなかった。
「お兄様、殿下たちは私が学園に入ると、会う事もなくなったように覚えているのですが……私が、メイナード殿下に失礼な事をしていたからなのでは?」
「ああ……国王が止めたからな。あ、でも、エミーリアの態度が悪いとか、そんな事じゃないんだよ。学園に入る直前に、奴との婚約が決まっただろう。だから王子殿下達がお前に会いに行くことを国王が止めさせたんだ」
んん? 誰が誰に会いに行くことを国王は止めたんだって?
何か不思議な主語と目的語が聞こえたような気がした。
「お兄様、その言い方だと語弊がありますわ」
「まあ、それなら語弊があると言う事にいたしましょう」
母がにこやかに言う。やはり、目は笑っていない。怖い。父を見ると、やはり縦に首を振って頷いている。お兄様はやれやれと言う表情をしていた。
「ところで、エミーリア。その手紙には卒業パーティーにエスコートをしたい、だけ書いてあるのかい?」
父が、まさかそれだけ書いてあるのかい? と聞いてきた。
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