第10話

 翌日、早々に兄はメイナードに会いに、私と一緒に学園に行った。ずっと深刻な顔をしていた私に対し、「大丈夫だよ」と言って頭を優しく撫でてくれた。

 校舎に着くと私は教室に向かい、兄はメイナードの元へ向かう。兄はとっくに学園を卒業しているが、優秀な成績だったようで学園の先生にも顔が効く。先生たちとすれ違う度に挨拶をしていた。


「大丈夫だ。兄に任せておけ!」と、兄は自分の胸をトンと軽く叩く。私は、話がうまく進みますようにと祈った。


 私は私で、今日はとてつもなく忙しかった。受け取っていた手紙の返事や贈り物のお断りやらで、昨日のルンルン気分とは打って変わって気の重い一日となった。休み時間の合間を使って昨日、頂いた男子生徒の元に行き、「ごめんなさい」と言いながら受け取った物をお返ししていくと、皆、涙を浮かべていた。名前と顔を一致しない方には、兄の婚約者のルシアについて来てもらって名前と顔を確認してもらい、お返しに行った。


 中には、受け取るだけでも良いから、と言う男子生徒もいたけれど、「本当にごめんなさい」と言って無理に返してきた。悲痛な表情をされる方もおり、本当に申し訳なく思った。





「ルシア様、胃がキリキリして穴が開きそうだわ」


 昼食時間に中庭のベンチでランチボックスを広げながら、私とルシア、そしてリリエラ、ミナリ―と一緒に食事をした。


「お姉様も大変ですわね」と、ルシアが右頬に手を添えて困った顔をする。リリエラとミナリ―はそれに、うんうんと頷く。


「ねえ、ミナリ―様。私達は女で良かったですわよね。贈り物をしても返されないし。今日のお姉様の髪飾りは昨日、ミナリ―様が贈ったものでしょう」


 そう、今日の髪飾りは昨日、ミナリーから頂いたもの。私の瞳に似た紫色やピンク等の同系色の小花で纏まった髪飾りだった。とても、優しい色ですぐに気に入り早速付けてきた。

 

「ミナリ―様は、本当にありがとうございます。大事に使わせて頂きますね」と彼女に朝、会うなりそうお礼を伝えると、「こちらこそ、使って頂きありがとうございます」と、とても嬉しそうに微笑んだ。


「お姉様、とても似合っておりますわ」とミナリ―はまた嬉しそうに微笑む。

「お姉様の好みですわよね、その髪飾り」と、ルシアが言う。


 私は大きな花より小さい花がいくつもある方が好き。ミナリーから頂いたものは、ちょうど私好みだった。


「私、いつもお姉様を陰からこっそに見てましたもの。あの変な元婚約者より私の方がお姉様のこと知っておりますわ」


 え? と私は声に出そうになったけど、何とか飲み込んだ。何か昨日のリリエラの手紙にもそんな事が書いてあったわ。


「ミナリー様も? 私もお姉様の事、陰から見ておりましたのよ。私たち同志ですわね。オホホホホホ」


 なんだか、リリエラとミナリー、この二人危ないかもしれない。いやいや、普通に陰から見ていないでよね。私は、口角を上げて、ハハハと乾いた声で笑うしかなかった。ルシアは、素敵なお友達が出来てよかったですわね、とニコリと笑う。


 女子四人が、ふんわりとした雰囲気で食事をしていると、兄がこちらに向かって来るのが見えた。まだ、学園にいらっしゃたのですね。


「こんにちは。お嬢様方」と兄が挨拶する。リリエラとミナリ―も「「こんにちは」」と挨拶した。兄はそれを確認すると今度はルシアに「今日も可愛いね」と髪をひと房、手に取り口付けを落とす。


 それを見たリリエラとミナリ―は、「「キャー」」と小声で叫んだ。意外と空気を読める二人なんだわ、と感心した。


「ラルス様も素敵ですよ」とルシアも愛らしく微笑み兄を褒める。その微笑みを見た兄は

「ルシアの微笑みは本当に癒されるよ」と、うっとりとした表情で言った。


 けれど、どうも兄は疲れていて顔色が悪いるように見えた。もしかして、例の件で何かあったのかもしれない。


「お兄様、あの件はどうなりましたか?」

「んー、此処で話してもいいのか?」


 兄はちょっと迷う仕草をした。

 私は2人の女の子の顔を見る。話すようになって、まだ1日しか経っていないけれど、彼女たちなら大丈夫そう。変な噂とか言わないだろうと感じた。


「大丈夫よ。お兄様」と、私は返す。

「わかった。エスコートの件は無かったことにしてくれた……」


 そう聞いたとたん、良かった、と一安心して体の力が抜けた。


「だが……」と、兄は落胆したような表情を浮かべる。


 だが……? どうしたのかしら? 


「ドレスと装飾品は譲れないらしい……」


 兄の言葉を聞いて、「ああ」と、私は両手で頭を抱えて地面に崩れた。

 すまん、と兄は項垂れ謝る。

 リリエラとミナリ―が慌てて私をベンチに座らせてくれた。


「いいえ、お兄様。エスコートの件だけでも、お断りしていただいたので嬉しいです。ありがとうございます」


 私は気を取り直して、兄にお礼を言う。卒業パーティーに兄の色に合わせられないのが残念だけれど、これ以上、兄に無理をさせられない。それに、兄の疲れた顔を見るとかなり頑張って交渉してくれたのだろうと思った。

 

 そんな私たちの話にルシアも、リリエラ、ミナリ―も一体何の話か分からなかったらしい。3人は顔を見合わせていた。


「お姉様、一体何の話をされているのですか? エスコートはラルス様がされるんですよね?」


 ルシアが何か察したのか、不安そうな表情で聞いてきた。


「おい、ちょ、ちょっと待て。ルシアがどうしてエミーリアの事をお姉様呼びしているんだ?」

「お兄様。今それをお聞きなるの? 話がややこしくなるので、その件はまた後でお願いします」と、私は兄の耳元でコソコソと話した。


 私は周りをキョロキョロとして誰も側に居ないことを確認し、3人の令嬢たちを側に集めて内緒話の様にコソコソと話した。


「ええー!!」


 と真っ先に声を張り上げたのはリリエラだった。


「ま、まさか! メイ……!」


 今度はミナリ―だ。慌てて私はミナリ―の口に手を当てた。多分ミナリーは『メイナード殿下』と言うつもりだったのだろう。


「お姉様、どうされるのですか? あの方はまだ婚約者がお決まりになっていないですよね。もしかするとですわ。これは、大変な事になりますわよ。ふふふ」


 ルシアが何気に楽しそうにコソコソと笑顔で言う。でもこちらとしては、全くといって全然楽しくないし、嬉しくもない。下手にそのまま気に入られたりしたら、私の自由が……。本当に変な汗が流れ出てくる。

 それでも楽しそうにしているルシアを見て、兄の顔色が少し良くなったのを見て、安堵した。


 兄は私たちの輪に入り、メイナードとの話の続きをした。


「殿下は、『ドレスと装飾品は譲れない』と仰っていたけれど、何とかこちらとしても条件を出させてもらったよ」

「どんな条件ですの?」


 ルシアは興味深々で尋ねる。そんな彼女の顔を見て兄はクスクスと笑い、「楽しそうだね」と、頭を優しく撫でた。兄はシスコンに見られがちだけど、かなりルシアのことを溺愛している。


「『せっかくの卒業パーティなので、エミーリア好みで気に入るドレスじゃないと着せられませんよ』、と伝えた。殿下は『わかった』と仰っておられたから気に入らなかったら着なくても大丈夫だと思う。しかし、かなりの自信がおありのようだった」


 私は何か嫌な予感がしたけれど、「そうそう私好みなんてわかりませんよね」と、言うと、「そんな事はありませんわよ」とミナリ―がとんでも無いことを言い出した。


「敢えてお名前は伏せさせて頂きます。あの方は、私たちと同じ同志です」

「はあ?」


 あ、また私はそっ頓狂な声を張り上げてしまった。

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