第11話

 ミナリーの言葉に、私は耳を疑った。


 今、同志って言わなかった?


「ミナリー様もそう思われますの? 私もそうなのかもしれないわ、と思っておりましたの」


 ミナリーの言った事にリリエラは解した様子で頷く。けれど、私はリリエラの言っている意味を理解したくなかった。


 まさかとは思うけれど、その『同志』って、陰から見ているっていうやつ?


「私も陰からこっそり見ている時に、あの方もこっそりお姉様の事を見ておりましたわ。そう、あの時もですわ。婚約破棄宣言の時もこっそり見ておられました。口角を上げ、不敵な微笑みを浮かべておりましたわ」


 ミナリ―の説明に私はあの時を思い出し、「ええー!」と大声を出してしまった。

「お姉様、声が大きいですわよ」と、ルシアから注意され人差し指を口元に当てて、しーっ、とされる。私は、ごめんなさい、と慌てて軽く頭を下げた。


 あの時の事を思い出す。私は、婚約破棄を言い渡されて、その後、嬉しくてスキップをして教室から出て行った。


 あれをメイナードが見ていたっていう事? 


 ちょっと想像しただけで、みるみるうちに顔が青くなり、恥ずかしくなってしまった。王家の第二王子殿下の前で、婚約者から婚約破棄を言い渡され、喜んでスキップして帰った所を見られた。幼い時の事といい、今回の事といい、仮にも伯爵令嬢なのにメイナードの前でとんでもないことをしてしまっている感じがある。ああ、穴があったら入りたい……。


「それ、私も見ましたわ。あの方のあの微笑み……かなり執着しているようにも見えましたわね。まるで、のようでしたわ」


 リリエラの言葉に「ひぃっ……」と、私は変な声が出そうになったので慌てて自分の口を自分の手で抑えた。だけど、リリエラから『まるでストーカーのようでしたわ』ってリリエラやミナリーも自分の事を棚に上げてないかしら。あまり変わらないような気はしたけれど、それは口に出さないで、心の中で呟きましょう。


「確かに先程、交渉している間もかなりの執着を感じたよ。それで……あの方はストーカーだから、我が妹の好みまで知り尽くしているって事かい?」


 リリエラとミナリーは顔を見合わせ、深刻そうに首を縦に振り頷いた。


「まさか、でん……あの方は何か企んでいるのか?」


 兄は、『殿下』と言いそうになり、慌てて『あの方』と言い直す。何処で誰が何を聞いているのか、分かりませんからね。お名前は出すのは避けた方が良いでしょう。それに段々、皆さまの会話に不敬な言葉も混ざって来ていますから。


「お姉様は、どうされたいのですか?」

「あの方と良い雰囲気になりたいのですか?」


 リリエラとミナリーは少し前のめりな姿勢で真剣な顔をして聞いてきた。

 何もそんな事は望んでいない。私は慌てて首を横に振った。


「私は、婚約が無くなってやっと自由になれると思っておりましたのよ。ややこしそうな身分のあの方とは、良い雰囲気にもなりたくありませんわ」


「わかりました」と、二人は頷く。

「「それならば、お姉様を全力でお守りいたしますわ」」


 あ、私はまた素っ頓狂な声が出そうになったのを飲み込んだ。

 この二人は誰から私を守ろうとしているのか、相手が誰なのか理解しているのでしょうか?


「そ、そんなことなさらないでください。お二人にご迷惑をおかけしてしまう事があるかもしれません。相手はややこしそうなご身分の方です。不敬とかになられる可能性もあります」

「いいえ、大丈夫です。そこは、ちゃんと弁えますから。出来る限り全力でお守りいたしますわ」


 リリエラとミナリーの意気込みに鳥肌がたった。結局、という言葉は外さない。と言う事は、結婚が決まっているのだろう。この二人に迷惑が掛からないようにしないと、と心の中で誓った。


「どちらにしても、今考えても仕方がないように思います。一旦ラルス様も屋敷に帰ったらどうでしょう? もうそろそろ午後の授業も始まりますから」


 ルシアがそう提案すると、兄は寂しそうな顔をした。


「あと2時間程度で終わるのだろう? 学園で待たせてもらうよ。ルシア、また一緒に帰ろう」


 兄は婚約者のルシアの手を取ると、口づけを落とす。この兄の溺愛ぶりはどうだろう。ルシアの反応は……とても嬉しそうだった。これはこれで、私とリリエラ、ミナリーが邪魔になっているし、二人だけにしてあげたいけれど……やっぱり授業が大事だ。


「み、皆さま。もうそろそろ教室にもどりましょう」と、仕方なくルシアにも声をかけた。

「はい、お姉様」と、ルシアが返事をし、兄は後ろ髪惹かれる思いで私たちと別れた。


 四人で校舎に向かおうとしたら、リリエラとミナリーが足を止めて校舎の上の方を見ていた。


「リリエラ様? ミナリー様? どうかされたのですか?」


 二人とも顔を見合わせ頷く。何かあったのかしら? と二人が見ていた方を見上げたけれど何もなかった。


「何でもありませんわ。行きましょう!」と、リリエラが本当に何もなかったかのように私の手を引っ張り教室へ向った。


 それから午後の授業を終え、私はリリエラ、ミナリーと一緒に帰り、途中おしゃれなお店にお茶をしに入った。ルシアは兄と一緒に何処か寄り道をしながら帰るらしい。兄といえばあの後、図書室で本を読んで授業が終わるのを待っていた。


 一緒にどう? と兄とルシアに誘われたけれど、二人の邪魔をしないように遠慮させていただきました。気にしなくて良いのに、とルシアに言われたけれど、そんな事をしたら馬に蹴られてしまう。それに、リリエラとミナリーとももっと話をしてみたい、という気持ちだった。


 入ったお店は、ログハウスの作りで多種多様の観葉植物が置いてあり、落ち着いた雰囲気のお店だった。テラス席もあり、天気も良かったので三人でケーキセットを注文し、そちらの席に座る。


「そういえば、お二人とも決まった婚約者の方はいらっしゃるのですか?」


 私はお店の店員から手渡されたタオルで手を拭きながら聞いた。いますよ、と二人とも答えてくれた。


「どちらの方ですの?」


 私が聞くと、「実は……」と、リリエラが話してくれた。リリエラとミナリーの母親は従妹同士らしく、二人とも隣のハンシェミント国からこの国の子爵家に嫁いできた。その縁もあって、リリエラとミナリーの婚約者は母親の出身のハンシェミント国の伯爵家と婚約を結んだというのだ。その婚約者二人とも1年前まで、こちらの学園に留学して卒業したと教えてくれた。そして、リリエラとミナリーも卒業と同時にあちらの国に嫁ぐ予定になっていると。


「それは、寂しくなりますね。折角お友達になれたのに」


 卒業まであと2か月ほどだ。うら寂しい気持ちになる。


 そんな話をしている間に、オレンジジュースとチーズケーキを店員が運んできた。一口、ジュースを口に含む。口の中に甘酸っぱいオレンジの味が広がる。


「お姉様」と、ミナリーがボソリと呼ぶ。

「本当は私は行きたくないのです」と、ミナリーの飴色の瞳に涙が溜まる。


「お相手の婚約者が嫌というわけではないのです……でも、少し言葉も違うし文化も違う慣れない土地で暮らしていけるのか、心配なのです。しかも爵位が子爵から伯爵になるので、その事も不安で……」


 ミナリーだけが不安がっているのかと思えば、リリエラもうんうん、と頷く。彼女も不安だったらしい。


「そうね。慣れない土地だから、不安になってしまいますよね。その不安な気持ちは正直に婚約者の方に言われたらどうですか? きっと親身に聞いてくださると思いますよ」


 リリエラとミナリーは不安な顔で見合わせる。


「そうでしょうか……」

「だって、婚約者の方もこちらに留学されていたのですよね。言葉や文化の違いを感じたのではないですか?」


 私は、机の上に乗っている二人の片手を握る。少しでも勇気付けが出来ればと思った。

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