第12話

 しんみりした話に甘いチーズケーキを一口、二口と食べた二人は、少し元気が出たようで会話も弾むようになった。私も二人が嫁ぐ予定のハンシェミント国のことは、あまり知らない。だから二人の不安な気持ちになることは理解出来た。この国ドルーニア国とは文化が全く違うということもないらしい。けれど二人の話を聞いていると、今までに見たこともない物があり、魅せられ興味が湧いた。


「お姉様。料理によっては、フォークとナイフを使うこともありますが、ハンシェミント国では、食事をするときに主に『ハシ』というものを使うんです。」


 ミナリーは得意気に話す。聞いたことの無い単語で、私は小首を傾げた。


「ハシ? ですか?」

「20センチぐらいの細い棒を2本使って、食べ物を挟んで食べるんです」

「それは、私たちがフォークとナイフを使うようにして挟むのですか?」


 想像してみた。細い棒を一本ずつ片手に持ち、食べ物を挟む……。これで、挟むことができるのだろうか。グサっと刺した方が早いように思えた。

 私が自分で想像したように身振り手振りで聞くと、それが可笑しかったのか、二人は目を丸くし顔を見合わせ、クスクスと笑った。想像していたような使い方ではなかったらしい。


「お姉様。その挟み方は違いますわ。説明が間違っていましたね。のではなくての方があっているかもしれません」

「つまむ……のですか?」

「こんな風にです」と、リリエラはミナリーの空になったグラスの入っていたストローを借り、自分のストローの2本を使って説明してくれた。

 料理を作るときはもっと長い棒、『サイ・バシ』と言うものを使うらしい。

 それの『ハシ』も『サイ・バシ』も同じ持ち方だけれど、とても変わった持ち方で、握っているようにも見えるが、中指と人差し指、親指を器用に動かし、物を挟む。3本の指を動かして見えるだけで、実際、意識して動かしているのは中指だけらしい。


「そ、それは……どう……どうなっているのですか?」


 衝撃そのものだった。真似てもリリエラのように持てる気がしない。実際に2本のストローを持ってみても先端が合わず、ずれてしまう。中指や薬指にむずこそばしい感覚になった。自分の指であるのに思うように動かない。


「ふふふ、お姉様。とてもかわいらしいです」


 必死で真似てる姿を見られ、ちょっと恥ずかしくなった。けれど、見れば見るほど不思議な持ち方だ。

 もう一つ、面白いものを教えてもらった。それは『フデ』という物だった。私たちが文字を書くときは、ペン軸に金属製のペン先を付け、それにインクを付けて書く。同じものもあるようだけれど、ハンシェミント国は違うらしい。いわゆるペン軸の先には1センチから2センチ程度の『ケ』という物がついていて、それにインクを付けて文字を書く。その『ケ』という物が固い金属ではなく、動物の髭などを束にして出来ていて柔らかい。書くときには力加減が必要で慣れるまで『超』がつくほど難しいらしい。そしてこの『フデ』と言うのものは、太さが何種類かある。そして、太さによって書く姿勢が異なる場合があるらしい。


 どうやら、ハンシェミント国は独自の文化を守りながら、我が国のドルーニア国の文化も取り入れているようだった。

 わずかな話だったけれど、ものすごく面白く興味が沸いてくるものばかり。私の知らないものが、もっとたくさんありそうな気がした。


「私も行ってみたくなりました」


 そう私は呟くと、リリエラとミナリーはキョトンとした表情になり、次第に瞳が輝き始めた。そしてミナリーが私に提案する。


「もし、ご興味がおありになるようでしたら、留学されてはいかがでしょうか? ドルーニアの学園を卒業された後にハンシェミント国の学園で学ばれるのも良いかもしれません。あちらの学園は18歳まで学べます」


 留学の事まで考えていなかった。けれど、違う文化、言葉が学べることは良い事だ。二人のように、未来が決まっているわけでもない。逆に言えば、まだ『未定』なのだ。それなら留学も考えることも、一つの選択肢になる。


「リリエラ様、ミナリー様。とても貴重なお話をありがとうございます。私も興味があります。少し考えてみますね」

「そうですね。まだ卒業まで時間はあります。ぜひ検討してみてください。もし決まれば、お姉様と会える機会が増えるんですもの」


 リリエラとミナリーはとても嬉しそうに微笑んだ。二人の悩み事から始まった話だったけれど、本人たちも少し勇気が出たようで良かった。私もこれからどうするか、真剣に考えようと思った。家に帰ったら家族に相談するのも良いかもしれない。


 楽しい時間はアッという間に過ぎるものである。三人で喋り倒してきた。空が少し赤く染まり始めた頃に、私たちは家に帰った。


 家に着くと、執事が父が呼んでいる伝えに来てくれた。


 どうしたのかしら? 帰りが少し遅くなったから何か言われるのかしら?


 父の部屋に向かう足取りが重い。ちょっと不安になり、父の部屋の扉の前でノックするのを躊躇した。暫く扉の前でどう言おうか迷い立っていると、ガチャっと扉が開く。


「わあ! エミーリア、びっくりしたじゃないか!」

「ひぇっ!」


 目の前には、目を見開いて大げさに驚いている兄がいた。


「父上が待っているよ。早く入ったら?」と扉を開けて中に入るように催促される。私は突然扉が開いた事にびっくりして、心臓がバクバクと鳴っている。落ち着かせるために大きく深呼吸をして、「ただいま戻りました。お父様」と中に入った。


 中に入ると母も父と一緒にいた。帰りが遅くなった事に二人から注意があるのかもしれないとちょっと心配してけれど、怒っているような感じではなかった。


「ああ、エミーリア。お帰り」


 何時ものように、父は温かく抱きしめてくれる。けれど、その声にいつもと違う気がした。兄は私が帰ってきたからか、一度退出しようとした部屋にまた戻る。そして私にソファに座るように促すと、兄は私の横に座った。父と母は向側に座る。異様な雰囲気だった。

 目の前には、金色のリボンがかけられた幅のある大きな箱が、机の上に置かれていた。私は首を傾げた。見る限りドレスの箱に見える。そしてその箱の上には30センチぐらいの立方体の箱が一つ、それより小さめの箱がもう一つあった。誰かからの贈り物だろう。


 私は父と兄の表情を見比べた。二人とも苦虫を噛み潰したような顔をしている。余程、不愉快な箱なのだろう。母は真顔で座っている。とても怖い。三人の表情を見ていると自然と私の顔にも眉間に皺がよってしまった。


「お父様、これは一体何なんですの?」

「……」


 父は黙っている。父と兄、母の態度から大体予想ができた。これは、メイナードからの贈り物だろう。暫く私達の沈黙が続く。その沈黙を破ったのは兄だった。


「エミーリア、もし嫌なら断っても良い。気に入らなかったと言えば……アイツも引き下がるだろう。そういう条件だ……」


 予想どおり、メイナードからの贈り物らしい。

 そういえば今日の昼、学園の中庭でそういう話をしていたことを思いだした。けれど、中身を見ずに気に入らなかったと言って返せるわけでもない。一応中身の確認をしないといけない。


「お父様、一応中身を確認しても良いでしょうか?」


 父の顔が歪む。歪ませながら、頷く。私はそっとリボンを外す。兄も箱を開けるのを無言で手伝ってくれた。兄と一緒に恐る恐る蓋を開けると、目に入ったドレスを見て、兄と私はもう声を出すことが出来ないほど驚いた。


「「……!!」」


 驚いたけれど、同時に後悔の念に駆られた。あの時に、兄に……素直におねだりしていれば……。



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