第23話
あれから暫くエリク先生とルシアとで話をしていた。
エリク先生はこの学園の卒業生で、兄より4歳年上だった。在学中に理由は分からないらしいけれど、兄に懐かれてしまい時々会っているという。卒業まであとわずかだけれど、何かあれば、また力になってくれるという事だった。先生とは10分程度話をしたけれどもちろん感想文の用紙はダミーで、一切そんな話はなかった。
教室に戻ると、リリエラとミナリーがいた。
「ありがとう。先生との用事も終わったわ」と言うと、それは良かったですと微笑んでくれた。あの後はメイナードに何か言われなかったか聞くと大丈夫でしたよ、と言った。持つべきものは友だと、二人には感謝しかない。
その後は、学園では1日何事もなく穏やかに過ごせて、帰りはルシアと一緒に帰った。ルシアは朝、言っていた父の話が気になったのか、私の家に寄りたいと言うので、家に招いた。
家に入ると、ちょうど兄が廊下にいた。それを見たルシアは、スッと私の後ろに隠れた。
「エミーリア、お帰りー!」と言う兄。そして、私の後ろに隠れた子に向かって「お友達?」と聞いた。ルシアは恥ずかしいというより、不安な表情をして顔を出した。兄はルシアだったとは思わなかったらしく、何故か顔を強張らせ驚いていた。あまり見ない兄の強張らせた顔を見て、ルシアが顔が青くなりショックを受けたようだった。
「お、お姉様。やっぱり帰ります……」
ルシアは、ポツリと呟くと玄関まで小走りで行ってしまう。私は慌ててルシアを追いかけ、「ルシア様、待ってください!」とルシアの手を握った。ルシアは止まってくれたけれど、顔を上げず俯いたままだった。私は兄の方を見る。兄はこの世の終わりのような表情をしていた。
何か、二人とも勘違いしていない?
絶対、勘違いしている、変な誤解をしている。このままだと、本当に婚約解消になり、兄が暴れ出すかもしれない。兎に角、私は二人と話をしなければと思った。ルシアと兄を応接室に通す。ソファにルシアを座らせ、兄を向い側に座らせる。私はルシアの横に座った。ルシアはずっと青い顔をして、俯いたままだ。兄も何故そんな表情をしているのかという程、暗い顔をしている。部屋の空気が重すぎる。
「お兄様、何故そんな表情をされているの?」
私の質問に兄の目が右、左と泳いでいる。しっかり者の兄もルシアの事になるとポンコツか? これはこれで面白い。良いものを見たかもしれない。けれど、ルシアは私にとって大切な友人。多分くだらない理由で二人とも勘違いしているはず。誤解を解かないとと思った。
「ル、ルシアが俺の顔を不安な顔で見ただろう。だ、だから、その……俺が何かしでかしたのかと思って……つい、強張ってしまった」
私は隣に座っているルシアを見た。まだ俯いたまま兄の顔を見ようとしない。ルシアは兄の姿が見えた途端、私の後ろに隠れてしまった。あれの行動の意味がどういうことか、大体想像できた。
「お兄様、順を追って説明いたしますわ。今朝、ルシア様から父がブロッサム家に話があるからと会う約束をしていた、ということを聞きました。ルシア様はそれを兄との婚約解消させられるんじゃないかと不安になったんです」
「え?」
兄はやっと私の顔を見た。見る見るうちに兄の顔色に血色が戻る。
「あれは……父はエミーリアの件で会う約束をしていたんだよ」
「ああ、やっぱりね。あの件ね。私の偽名の件をお願いしに行ったのね」
用件が私の事だったと分かると俯いたままのルシアが顔をパッと上げた。
「ラルス様と私の婚約の件じゃないのですか? 私の顔を見たくなくてラルス様は顔を強張らせたのではないのですか?」
「違うわ。ごめんね。今朝、そういえば良かったのだけれど私も確証がなかったから言えなかったのよ」
「良かった……」とルシアはホッとした顔をして微笑む。
「俺がルシアを手放すと思う? こんな可愛い婚約者を手放すわけないよ」
はいはい、そうですね。そんな事になったら兄は大暴れですよね。ルシアが嫌と言っても離さないでしょうね。ああ、やっぱり兄の愛は重すぎます。
「お姉様の偽名って、どういうことですか?」
これは話しても良いものだろうか、父がブロッサム家に相談に行ったと言う事は、いずれルシアの耳にも入るはず。もしかすると、兄とルシアが結婚して子供が出来ると、あって無いような王位継承権というものが付いてくるのだろうか。結婚前に知らされないはずがない。それならば、今回は話す良い機会なのかもしれない。
「ルシア様、あるややこしい事情で偽名を使って留学することになりました。多分その偽名のため家名を使わせてほしいとお願いしたんだと思います。ただあるややこしい事情と言うのが、私からお教えできるものでは無いので、私の両親から聞いた方が良いかと思います」
ルシアに説明すると、彼女の顔色もいつと変わらず落ち着いた様子だった。なんだかんだと結局、ルシアは兄の事が好きなんだなと思った。そこへ、父が扉をノックして入ってきた。
「ルシアが来ていると聞いて顔を見に来たんだが」
「父上、ルシアが来ているからと言って、何故、見に来る必要があるんですか? ルシアの顔を見るのは俺だけで十分です!」
ん? 何故、兄の棘のある言い方をするの? 嫉妬? 独占欲つよすぎではないですか?
「おいおい、将来義理の娘の顔を見に来ただけではないか? エミーリアもいたのか。それなら話がしやすい。お前の偽名にブロッサム家が貸してくれるそうだ」
いつもならすぐ私に気付くのに、父はルシアが一緒だと私が霞んで見えるのね。それはそれで、少し悲しいかな……。でも、ブロッサム家が貸していただけるなんて光栄だわ。
「ついでにブロッサム家から、エミーリアに養女の申し出もあった。家名を使うのだから養女になってはどうかと」
「「「え?」」」
三人で驚いたが、ルシアが喜ぶ。
「お姉様が養女に来ていただけるなら、私この婚約なくなっても良いわ!」
ルシアがとんでもない事を言い出した。私はチラリと兄の方を見る。兄の顔色がまた真っ青だ。
「何故だ、ルシア? どうしてそんな事を言うんだ?」
兄の慌てぶりもすごいけれど、それは私も思うわ。何故なの?
つい先程、『こんな可愛い婚約者を手放す気はないよ』と聞いたばかりだ。
「だって、お姉様と義姉妹でいられるのならそちらでもいいわ」
「はぁ!?」と兄は声を上げた。
「え? ちょっと待って、ルシア様。先程、婚約解消されるかもしれないって不安になられていたじゃないですか?」
「だって……お姉様とのご縁が無くなってしまうのは嫌だったですもの」
ルシアは頬に両手を当ててコテンと可愛らしく首を傾ける。
私は眩暈がしてきた。
あんなに顔を青くしていたのに、婚約が無くなることに対してではなく私と義姉妹になれなくなることに対してだったって事?
「ルシア、そんなひどいじゃないか!?」
兄は悄然と項垂れ、ものすごく悲愴感が漂っている。私は兄を哀れな目で見てしまった。
「エミーリア、養女だけは辞めてくれ! 頼む!」
いつも優しい兄が私に縋ってきたので、なんだかその様子が可笑しい……可笑しいわ。私はルシアと一緒にふふふと笑い合う。
「おい、ラルス。見苦しいぞ。ちゃんとそれは断ったわい。そこまで面倒をかける事もできんしな。家名だけを貸してもらえるように頼んだわい!」
それを聞いた兄は安堵したようで、ソファの背もたれに寄りかかった。父は呆れ顔で、兄を見て溜息を吐く。そしてルシアに向かって、「少しややこしい話をするが、聞いてくれるか?」と眉尻を下げ、申し訳なく尋ねた。
ルシアは、嫌な顔をせずに「もちろんですわ」と父に微笑んだ。けれど、かなりのややこしさにルシアは呆然とした。
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