第24話
「えーーー!」
ルシアに兄と私がハンシェミント国の王位継承権があると言う事を伝えると、彼女の驚きの声が執務室に響き渡る。ルシアの驚きすぎて目が落ちそう。それぐらい目を見開いていた。ルシアの張り上げた声に私は両耳を抑えた。
そうなるわよね。私も聞いた時はものすごく驚いたもの。
「え、あ、あの……ち、ちょっと待ってください。で、では、私とラルス様と結婚して子供が出来た場合ってどうなるのですか?」
そうルシアは動揺を隠せないで父に質問すると、何故か兄が先程まで真っ青だった顔が真っ赤になっていた。耳まで真っ赤だわ。少し不快な感情が湧き出て、私は眉間に皺を寄せる。
兄は何を想像したのかしら?
父も兄が頬を紅潮させているのに気付いたのだろう、兄を睨みつけて、ゴホン! と咳ばらいをした。
「結婚し、子が出来るとラルスの王位継承権は消滅し、順位は後ろになるが、子にその権限が移る」
父の説明にルシアは黙ってしまった。母方祖母が王女だったので、その子は結婚し子供を成した場合、子は王位継承権が消滅し、生まれたその子に権限が与えられると言うのがハンシェミント国の決りらしい。だから兄を産んだ時点で母にはその権限が消滅した。これが祖母ではなく祖父で、母でなく父の場合だとまたややこしくなるらしい。本家、分家で違うのだろう。どのみち私たちの家系は分家に当たる。結婚して子が出来れば、自分の権限が無くなる事さえ覚えていればいい。
「ルシア様、私の順位は八番目になります。だから、子供が出来ても私の後ろになると思われます。あって無いような物だと考えれば……」
「そうだよ。その前の人たちが急死さえしなければ、君たちまで順位は来ない。あとは、エミーリアが結婚して子が出来るともしかすると順位が上がる可能性があるが心配いらないだろう」
父はルシアに気にしないようにと思って言った言葉だったけれど、『急死さえしなければ』なんて、ちょっと縁起でもない事を言わないでほしいわ。
「わかりました……頭の片隅に置いておきます」
「そうだね、ありがとう」
「それで、おねえ……エミーリア様が偽名を使われることはどういう事でしょうか?」
流石に父の前で私を『お姉様』呼びは出来ないでしょうね。ルシアは言い直したわ。偽名の件も簡単に父が説明し、話が終わるとルシアは憐憫の情で私を見る。
「エミーリア様も大変ですわね。ああ、私もご一緒に留学してエミーリア様のお助けができれば良いのですが……」
「だ、だめだ! ルシアまで行かないでくれ!」
兄の顔を真っ青だった。今日一日で青くなったり赤くなったり、忙しい人だ。そんな事は冗談に決まっているのに何を慌てているのだろう。
「お義父様、私も一緒に留学をしてはダメでしょうか? 結婚を4年後に遅らせて頂けないでしょうか?」
冗談で言っていると思っていたルシアがとんでもないことを父に願い出る。流石に私は「はああ!?」と素っ頓狂な声を張り上げた。これはまずいわ。兄が大暴れしてしまうかもしれない。
ルシアは私の学年では一つ下。こちらの学園を卒業するには、もう一年通わなければならない。このまま順当にいけば、来年の卒業後結婚となるはず。それを途中にして、4年留学?
「ル、ルシア様。じょ、冗談ですよね? ね? ね?」
「冗談なんかじゃないわ」と平然とルシアは言う。
いやー! 冗談だと言ってー! と私は心の中で叫んだ。
「ル、ルシア。俺とエミーリアとどっちが大切なんだ?」
そんなルシアを見て今にも倒れそうな顔面蒼白な兄は、ルシアに縋りつく。兄の情けない姿に私と父はただ茫然としていた。ルシアは兄の問いに少し気に障ったようで、彼女は「では」と反対に兄に聞いた。その表情は少し怒っているようにも見える。確かにその質問は卑怯だわ。
「ラルス様は私とエミーリア様とどちらが大切なのですか?」
当然、ルシアはその質問をするわよね。兄ならすぐに答えると思ったのだけれど、残念な兄だった。
「…………………………ル、ルシアだ!」
お兄様よ、その
「ラルス様、一瞬迷われましたよね? すぐに答えられないのに人にそんな質問はしないていただきたいですわ」
ルシアはプイっと顔を横に向ける。兄の顔をもう真っ白だ。
「ゴメン、ゴメン。もうしないから。ルシア、お願いだ。許してほしい……。留学も行かないでほしい……」
兄が段々哀れになって来た。いつも頼りがいのある兄は何処に行ってしまったのかしら。
「ルシア様、もうそれぐらいにして兄を許してください」
情けない兄の姿は少々見物だったけれど、これ以上見るのは流石に私も辛い。ルシアは、「仕方がありませんね」と言って照れながら兄の手を握った。兄は安心したのか、ルシアに手を握られたからなのか、すぐに顔を紅潮させた。まあ手を握られたからに決まっているだろうけど、兄は完全に尻に敷かれているようだわ。これほどルシアを大切にしているのだから、兄を置いて留学は出来ないし、させられない。
「エミーリア様、ハンシェミント国は治安がいいと聞きますが、やっぱり心配ですわね」
「心配してくださってありがとうございます。でも何とかやって見せますわ」
「本当に大丈夫かしら? やっぱり私も……」
「ルシア様、兄の事お願いしますわ。ルシア様までいなくなったら、兄は悲しむだけでは済まないかもしれません。長期休みには戻って来れると思います。その時にはまた沢山お話いたしましょう」
ルシアがいなくなったら暴れるどころか落ち込んで部屋から出てこないのではないだろうか? これでも次期伯爵家当主のなるのだから、引き籠りされると困る。もしかすると、いえ多分、兄の命運はルシアが握っているのだろう。
父の話が終わり、「ゆっくりしていっておくれ」とルシアに伝えると、応接室を出て行った。私たちは兄にエリク先生と助けていただいたこととお話ししたことを伝えた。
「ああ、エリク先生か……気さくな先生だし話がし易かっただろう。何かあったら、助けてほしいと言ったあったんだ。良かった」
「メイナード殿下は悪気が無いんだっておっしゃっておりました」
ルシアが少しぎこちなく微笑んだ。それを聞いた兄は、はははと乾いた笑い声をだした。
「まあ、分からなくもないが……あれじゃ、エミーリアが怖いだろ? アイツもエミーリアと二人で話しをしたいとか言い出したんじゃないか? 二人だけで話をしていると変な噂もたってしまうからな」
「変な噂?」
私は首を傾げた。ルシアが右手で頭を押さえ、「何も分かっていらっしゃらなかったのね」と深い溜息をついた。
「お姉様……変な噂と言うのは、メイナード殿下がお姉様を婚約者に決められたのではないか、と言う事ですわ。ただでさえ、殿下がお姉様にアプローチをかけていると噂されているのですよ」
「え? ええ?」
ルシアの言葉に驚いてしまった。
「エミーリア、男性と二人だけで会うと言う事はそういう事なんだよ。分っているとは思っていたんだけど、分かっていなかったか。だからアイツと二人だけで会ってはダメだと言っていたんだ」
「あ、あ、あ……そ、そうなのですね」
変な汗が背中を伝う。いつもルシアかリリエラ、ミナリーが側に居てくれたから気付かなかった。そんな理由があるなんて思ってもいなかった。
「大丈夫ですか、お姉様。学園入学と同時に婚約者がいらっしゃったから分からないのかもしれませんね。留学されても、それはお気をつけてください。私がお側にいないのですから」
「あ、あ、はい……」
だから、いつも3人の誰かが側に居てくれたのね。
私、一人で留学しても大丈夫かしら?
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