第25話
あれからメイナードとは挨拶を交わすことがあっても二人だけで会うことはなく、学園では卒業に向け毎日が慌ただしく過ぎていった。着々と留学の手続きも進み、そして今日、最終学年の私は学園を卒業する。
午前中の卒業式は滞りなく進み、午後からは卒業パーティーだった。
「用意はできたかい?」
黒地にカフスと襟には暗めの赤、所どころ金糸で刺繍が施されている正装で、髪はオールバックにした兄が私を呼びに来た。落ち着いた控えめで、それでいて刺繍で華やかさが出ている。二人で並んだ時にどちらが主役かということが一目で分かるようにしてくれた装いだ。
「ああ、悔しいけれどエミーリアとても似合っているよ」
「お兄様も落ち着いた雰囲気でかっこいいですわ。ルシア様にも見せてあげたいわ」
私が少し揶揄うようにして言うと、兄は頬を赤らめた。来年はルシアが卒業だから、きっと兄が卒業パーティーにはエスコートするんだろう。その時には、私も帰省してお祝いをしようと思っている。
そして私はメイナードからも頂いたドレスを着ていた。ワインレッドのAラインのドレス。自慢の黒髪は結い上げ、小花の髪飾りをつけ、胸元と耳には髪飾りと同じデザインの物を付けた。すべてメイナードのからの贈り物だ。
外は日差しが出て温かく見えるけれど、午後から少し冷え込んで来た。兄と同じ黒地に金の糸で刺繍をしてあるボレロを羽織った。
「じゃあ、行こうか? エミーリア」
「はい。お兄様、お願いします」
私は兄のエスコートで馬車に乗る。パーティーが終わり翌日早朝にはハンシェミント国に向かう段取りになっている。こうして兄と居られるのもあとわずかだ。
「なんだか、胸に込み上げるものがあるね。エミーリアの卒業式が終わって、明日には……」
目に涙を溜める兄。私はハンカチを取り出すと兄の目元にそって当てる。
「お兄様……これっきり会えなくなるわけでもないのですよ。また、帰って来ますから」
「分かっているよ。ちゃんと長期休みには戻って来てくれよ」
兄は私をそっと抱きしめてくれた。卒業式が行事が終わり、落ち着くころに婚約者がいる者は結婚をする。来年、兄とルシアも婚姻を結ぶが、式は私が長期休みに入る頃にするらしい。私も式に出席できるようにというブロッサム家からの要望だった。
それを聞いた時には、ルシアやブロッサム家の家族からもこの結婚は望まれているのだろうということが分かった。私ももし結婚をすることがあるとしたら、両家から望まれる結婚をしたいと思った。
そうしているうちに学園に到着した。会場はこの学園の大ホールだ。兄の腕に手を乗せ、中に入ると半分ぐらいの人たちが中にいた。豪華な花や照明でいつもと違う大ホールになる。中にいる人たちも彩とりどりの正装を着ていて賑やかだった。華やかに飾られたホールを見渡していると、後ろから「お姉様」と声をかけられた。振り向くとミナリーだった。彼女のドレスは淡いブルーから濃くなっていく裾には小さな宝石が散りばめられ、深い海を思わせるようなドレスだった。
彼女の隣には見たことの無い男性がいた。
「お姉様、こちら私の婚約者のアンバー様でございます」
「エミーリア・レグレスです」
「兄のラルス・レグレスです」
私はドレスの両裾を軽く持ち上げ、兄と一緒に軽く頭を下げお辞儀をした。
「アンバー・トラメニです。ああ、貴方がエミーリア様なのですね。お二人の話はミナリーから聞いております。ミナリーがエミーリア様のファンだと」
アンバーも軽く頭を下げ、ミナリーの着ているドレスと同じ瞳を細めて、無邪気に笑っていた。留学の話は口留めしてあるから、そちらは大丈夫なはず。その他に何をミナリーは私の事を話しているのだろう。どんな風に話しているのか、少々気になり怖くなる。そんな事を考えて私は、ははは、と頬を引き攣らせながら微笑んだ。
「お姉様、やっぱりそのドレスを着てこられてたのですね」とミナリーは私のも身元でこっそり言ってきた。
「仕方がありませんわ。何事も無く無事にお開きになることを願うばかりです」と私もミナリーにコソリと言う。今日が終われば、明日はまた新たな一歩になるはず。
「あら、お姉様にミナリー様」とリリエラが声をかけてきた。彼女の隣にも見慣れない男性がいた。
「紹介させて下さい。こちらは婚約者のリック様です」
「リック・コールマンです」
スラっとした体形に群青色の髪に金色に近い黄色の瞳。その瞳と同じ色のドレスをふんわりと着こなしているリリエラ。
ふたりとも婚約者の瞳と同じ色のドレスを着ているのでとても仲良く見える。見ていても幸せそうにしていた。これが本来婚約者の対応なのだろう。特に彼らは、この学園に留学をしていたけれど、この国の人では無い。わざわざ卒業パーティーにエスコートをしに来てくれるのだから、ミナリーもリリエラも婚約者に大切にされているのが分かる。きっと彼らなら以前聞いた彼女たちの不安も理解して幸せにしてくれるだろう。
六人で会話をしている間に、周りが静かになる。この学園の卒業生の王太子が王太子妃をエスコートしながら入場された。続いてメイナードの入場である。彼は誰もエスコートなしでの入場してきた。確かに婚約者が決まっていないのであれば、それはそれで良いのかもしれない。けれどその正装に兄と私は絶句した。なんならミナリー組もリリエラ組も絶句していた。
「……………………」
「お、お兄様……。そっと帰ってもいいかしら? 私、帰りたいです……」
兄と私はこんな事になるとは思っていなかった。リリエラもミナリーも同じだった。目を見開いて驚いている。
メイナードの正装は、私の着ているドレスの色と同じで金色の糸でネックレスなどと似たような小花の模様の刺繍がされていた。まったく同じ色なので使っている生地も同じだろうと、遠目から見ても分かる。これではメイナードと私がシミラールックのよう見えてしまう。
メイナードと目が合うとこちらを見て微笑む。私の近くにいた令嬢たちはと私の装いに気付いたようなのか、なにやらコソコソを話をしていた。これでは、ドレスがメイナードが用意したものだとバレてしまう。
「くそっ! アイツはなんてことをしてくれたんだ! ……だ、大丈夫だ、エミーリア。落ち着け……」
一番狼狽えている兄に落ち着けと言われても、いえ、お兄様こそ落ち着いてください、と心の中で呟く。
リリエラやミナリーも「お姉様……大変ですわ」と顔を青くしていた。私もすぐにでもここから逃げ出したい。けれど皆が、王太子の前まで行き挨拶をしている。これは私もしないわけはにいかないだろう。兄は自分の右腕に乗っている私の手を反対の手でそっと押さえる。
意を決して、「お兄様、私達も王太子殿下に挨拶をしに行きましょう」と兄に声をかけた。兄の腕に乗せた左手にグッと力が入る。王太子の挨拶の列に並ぶけれど、胸が早鐘を打つ。一組、一組と挨拶をしていき、列が段々短くなっていく。メイナードとは目を合わさないようにしているけれど、視線を感じる。メイナードから視線だけじゃない、周りからの視線も痛いほど感じてブルッと震えた。前方を見ると皆、王太子、王太子妃に挨拶をした後、なんとメイナードにまで挨拶をしていた。
「お、お兄様。何故、皆、メイナード殿下まで挨拶をしているのでしょうか?」
兄は唇を嚙み締めた。
「アイツも一応卒業だから……皆、『おめでとう』と挨拶しているのだろう……」
「……」
「厄介だな……挨拶しないわけにはいかないな……」
「……」
あと5組ほどで自分たちに挨拶の番がくる。もう逃げも隠れも出来ない。私は腹を括った。
よし、女は度胸よ!! と心の中で叫んだ。
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