第22話
「髪を染めるだって!?」
兄は珍しく声を張り上げて驚いていた。
「はい。留学するときに染めることになりまして」
「留学するときに? 何故、染めるんだ?」
「向こうの王族の方々が私の容姿を知っているというので、偽名を使って留学することになって……」
兄に両親と話をしたことを話した。兄は偽名まで、と言って驚いていたけれど、ああ、それで……、と理解してくれた。
「仕方が無いけど、もったいないなあ。綺麗な髪なのに」
「ふふふ、ありがとうございます。お兄様。でも、やっぱり自由でいたいので、向こうの王族の方に身元がバレてややこしい事になるのも嫌ですし、護衛とかもいらないかな? と思うのです」
兄も「そうだね」と言ってくれた。けれど、その兄の表情がなんとなく考え込んだ表情に見えた。
「お兄様? どうかされましたか?」
「うん? あ、何でもないよ。治安は良い国だからね、滅多に危ない目に合うこともないだろう。それにあの母の事だ。何か他の理由もあるのかもしれない。それにしても何色がいいかなあ? エミーリアは肌が白いから何でも似合うと思うよ。うーん、あ、そうだ! ルシアみたいな色はどうだ? お揃いで良くないか? エミーリアにも似合うと思うぞ」
「そうね。シルバーブロンドたとこの瞳の色にも合いそうですね。楽しみです」
兄の話に何か引っかかりがあるけれど、あまり考え込まないようにしよう。
「でも、エミーリア。このことはルシアやリリエラ嬢、ミナリー嬢以外には言わない方が良いと思うよ。どこで、情報が洩れるか分からないからね」
「はい、気を付けます。楽しい留学生活が待っているんですもの。気を引き締めなければなりませんね」
翌日学園に行くと、早々にルシアに中庭へ連れていかれた。
「お姉様、やっぱり行かれるのね?」
ルシアは周りに気を使い『留学』という言葉を抜いて話す。もうすでに兄からルシアに伝わっていた。
「ねぇ、ルシア様。いつも思うのですが、昨日の今日です。情報が早くないですか?」と私はルシアをチラリと横目で見る。
「そ、そんなのどうでもいい事です」
顔を赤らめてプイっとルシアは顔を横に向ける。いつもすぐに連絡を取り合っているのだろう。兄も私の事で相談できるのはルシアだけなんだろうと思った。
「それより、お姉様」と耳元でルシアは内緒話をする。
「お姉様、レグルス家のお義父様が私の父に話があるそうで、今日、我が家にいらっしゃるのですが、何か心当たりありませんか? 私、もしかして婚約解消させられるのかしら?」
私は首を傾げた。
兄とルシアの婚約解消?
「はっ……」
私は素っ頓狂な声が出そうなったところで、慌ててルシアの手で口を塞がれた。ルシアは周りを気にしながら、「お姉様、声をお気を付けてくださいませ」と耳元で言った。そして、「本当にそんな事になったらどうしましょう……」と顔を青ざめて本気で心配しているようだった。
いやいや、そんな事になったら兄が黙っていない……暴れ出すだろう!
何かあれば、すぐにルシアと連絡を取り合っているのに婚約解消にでもなれば、兄は何をしでかすか分からない。兄はルシアにメロメロなんだから。
「ルシア様、大丈夫ですわ。きっとそんな話ではないですよ」とルシアの耳元でコソコソと話す。そして不安になっている彼女の背中を擦ってあげる。私は、もしかして昨日の偽名の件なのかもしれない、と思いつつ確信が無いのでルシアに話せないでいた。
「レディ二人で親密に何コソコソしてるんだ? 何か妬けるなー。君たちって仲、良すぎじゃないか? リアはもしかしてそっち系?」
と、後ろから不貞腐れるような声が聞こえた。そして私を愛称で呼ぶ人は一人しかいない。そして、そっち系って何?
私は振り向き、わざわざ敬称付きで名前を呼んだ。
「メイナード第二王子殿下……おはようございます」
「おはよう……ございます」
私が挨拶するとその後にルシアも挨拶する。その様子を見たメイナードは片眉を上げた。
「あれ? うれしいなあ。挨拶してくれるんだ。でも敬称付き呼びは嫌だな、此処は学園なんだし、俺とリアの仲だろ。昔みたいに『メイ』と呼んでくれたらうれしいな」
メイナードはにっこりと微笑みながらそう言った。
ルシアが私の横で肘をコツンコツンと当て、「お姉様、不味いですわ。周りを見てください」とヒソヒソと言う。私は、周りを見た。ここは学園の中庭だ。他の生徒もいる。皆、何事かとこちらを見ていた。
「ど、どうしましょう、ル、ルシア様……」
「すぐに、この場を離れましょう……」
「でも、どうやって……」
メイナードはまたコソコソ話をしにかかった私たちを見てまた不貞腐れる。
「だから、妬けるんだって言ってるだろう。俺、リアと話がしたいんだけど、ルシア嬢は先に教室に行っててくれないかな?」
私はルシアに向かってブルブルと首を振る。けれど、ルシアもどうしていいものか悩んでいると、聞きなれた明るい声が聞こえてきた。
「お姉様ー!、ルシア様ー!」
ミナリーだった。彼女は思いっきり走ってきたようで、はあはあ、と息を切らしながら叫んでいた。彼女は私たちの元に来ると息を整えながら、
「エリク先生がお二人をお呼びになっております。すぐに職員室に来てほしいそうです」
エリク先生からの伝言を伝えてくれた。
「ミナリー様、だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。先生をお待たせているので早く行ってください」
「ありがとうございます。お姉様、行きますわよ!」
ミナリーをその場に残し、ルシアは私の手を引っ張っていく。周りの生徒たちも暫くその様子を見ていたけれど、また皆歩き出した。
校舎の中の職員室へ向かう長い廊下を歩きながら私は、ミナリーが気になっていた。
「ルシア様、ミナリー様は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですわ、たぶん……」
「先生が呼んでいるのは本当でしょうか?」
「先生のお名前まで言っていたので多分本当だと思います。行ってみれば分ると思いますわ」
ミナリーが私たちをメイナードから離そうとしての行動だったのかもしれない。でも本当に呼んでいるのかもしれない。
私たちは職員室の前まで来るとガラガラと扉が開き、「お、来たな」と背の高い色黒のグレーの瞳をした先生の一人が私たちを見下ろして言った。
「え? 本当にエリク先生が私たちを呼んでいらっしゃったのですか?」
「あ、そうだけど」
「え? 一体何の用事でしょうか?」
「まあ、とりあえずこっちに来てくれ」
エリク先生は職員室の奥にある小部屋に私たちを案内した。そこには、長方形の机が一つに、それを挟むように長椅子が2脚あった。
「ま、座ってくれ」
私とルシアが顔を見合わせ、一つの長椅子に二人で腰掛けるとエリク先生は向い側に書類を持って来てもう一つの椅子に座った。私は何の話だろうと考えていると、先生の口から想像もしない言葉が出てきた。
「さて、何を話そうかな?」
「「え?」」
私たちはその言葉が不思議だった。先生は何食わぬ顔で、書類を私たちに見せる。それは私たちが授業の感想を書いた文だった。私たちはまた顔を見合わせる。
「ごめんね。急だったから、こんな物しか用意できなくて。ラルスから何かあったら頼むと言われていてね……まあ、こうやって何か紙を見ながら話していれば、何か用事があって話しているだろうって思われるだろ? 誰がどこで何を見ているか分からないからね。さっきは、ハミルトン嬢とバルティア嬢が連携して動いていたようだったよ、彼女達にもお礼を言うと良いよ」
「あ、ありがとうございます」
耳に心地よい優しい口調で、私たちを呼んだ理由を話してくれた。
兄の気遣いも有難いけれど、エリク先生の気遣いが素直に嬉しい。
「まあ、メイナードも悪気ないんだけど、ね。彼もちょっと強引な所があるからね。でもこんなやり方じゃ、レグルス嬢も警戒してしまうのに。少し怖いだろ?」
少しどころではありませんわ、と言いたかった。
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