第2話
私はルンルンで馬車に乗って家に帰ってくると、ルピナス侯爵の馬車が我が家に止まっていた。きっと誰かから婚約破棄の件を聞いて侯爵が来たのだろうと思った。
仕事がお早いこと。婚約解消の書類を作成して持ってきたんだわ。
私はそう思いながら侯爵の馬車を横目に見て玄関に入り、自分の部屋に行こうとすると、応接室に呼ばれた。
何か言われるのだろうか、と身構え意を決して制服のまま応接室に入る。
だけど部屋に入るなり目に入ったのは、父が頭を下げる姿ではなく、ルピナス侯爵が土下座をしている姿だった。
「え?」
私は驚いた。そして拍子抜けした。何故、侯爵の方が頭を下げるだけでなく、父に土下座をしているのか。目の前の現状に私は『?』が頭の中に溢れ出した。
「ああ、エミーリア。申し訳ない! 今回の愚息の発言は無かった事にしてもらえないだろうか!?」
侯爵は、部屋の入口で扉を開けたまま呆然と立っている私の顔を見るなり、私に挨拶をさせる余裕もなく今度は私の方に向かって土下座をしてきた。
「はああ?」
淑女らしくないとんでもない声が部屋に響いた。
愚息の発言? まさか婚約破棄の発言? あれを無かった事に?
愚息じゃなくて、バカ息子の間違いじゃない?
何でもへりくだった言い方をすれば良いってもんじゃない。
それにあれを無かった事には出来ない。そんな事出来ないし、したくない。これが私の本音だ。やっと解放されるというのに、自由になれるというのに。
私は、父の顔を見る。私と目が合うと、好きにしなさいと言い、大きな溜息を吐いた。
「え? 好きにしていいの?」
父は頷く。私は侯爵をソファに座らせ、向かい側に私は座った。侯爵はずっと頭を下げたままだ。
「侯爵様、私はクリフ様から婚約を破棄すると言われました。なので私は承諾いたしました」
そう言うと侯爵はパッと顔を上げて、そこを何とか! と言ってまた頭を下げる。
意味が分からない。立場上、伯爵家の我が家より侯爵家の方が上だ。何故、そこまで頭を下げてまで、この婚約をこだわり続ける意味があるのだろうか。
『君より私の心に寄り添ってくれる彼女の手を取りたいと思っている』
クリフからそんな事を言われて、私も婚約を続ける事は心から無理だ。
私は大きく深呼吸をした。
「侯爵様、この婚約を続ける事はもう無理なのです。私の心がもう無理なのです。それにクリフ様からの婚約破棄宣言をされた場所は、多くの生徒がいた教室で、皆さんがそれを見て聞いております。いわば証人です。覆すことはできません」
「そんな……そんな事を言わずに! そこを何とか! クリフにも頭を下げさせます!」
侯爵は私の手を握って縋るようにしてお願いをしてきた。
何故?
どうして?
頭を下げられても困るわ。やっと自由になれたのに。
それに今まで、我が家を蔑ろにしてきた侯爵家がここまで縋るのは何故だろうか。私は、父の方をもう一度見る。父は見るに見かねて、侯爵に帰るように伝える。
「残念だけど、ルピナス家とは縁を切らせてもらうよ」
父は穏やか口調で言い、穏便に済ませようとしている。
「ま、待ってくれ! そんなことされたら、我が家はおしまいだ!」
侯爵家が伯爵家に縁を切られるからって、何故おしまいなのだろうか。クリフは私の事を大事にしてくれてるいるように見えなかった。いえ、全く大事にされていなかったわ。縁を切ったからって、侯爵家には痛くも痒くもないはず。
「それは……こっちの知ったことか!! こっちは散々我慢してきたんだ!! それを調子に乗りやがって、やりたい放題、言いたい放題!! 大勢の前で婚約破棄を宣言したバカ息子を恨むんだな!! さっさと帰れーー!!」
穏便に話を進めていた父が怒った、怒鳴った! 私は初めて怒鳴り散らした父を見て目を丸くした。侯爵も驚いた様子で慌てて屋敷から飛び出して帰っていった。
父は長い溜息を吐き、気持ちを落ち着かせて私の横に座った。
「すまなかったね、エミーリア。こんな事ならさっさと婚約解消すれば良かった。エミーリア、これからどうしたい? 新たに嫁ぎ先を探すかい? それとも……エミーリアのしたいようにすれば良い」
父は私の頭を撫でながら言った。
「私のしたいようにして良いの?」
「そうだね。ここに居たいのならいつまででも家にいても良い。私たちの大事な娘だからね」
「私、暫く婚約の話は良いですわ。一人を満喫したいです」
父はその一言に笑顔を向けてくれた。
「わかったよ」
でも、疑問が残る。ルピナス侯爵が何故、あんなに頭を下げたのか。
父は教えてくれた。
祖父の時代にルピナス侯爵の領地で大雨の災害があり、侯爵では復興する資金がなかった。当時、王家でもルピナス領の災害復興する資金が出せずにいた所を祖父が王家に名乗りでたという。そして、ルピナス侯爵が直々に借り入れの申し出があれば貸し出すという事になり、そして我が家に借入の申し出があった。多額の借金を返済するのは、大変だろうと、借金を返済する代わりにこの婚約を祖父が持ち掛けたらしい。条件付きで。その条件というのは、もし婚約解消、もしくは婚約破棄を申し出た場合、婚姻後離婚となった場合、借金を一括返済するというものだった。そして、この条件に王家も関わっており、借金を返済できなかった場合、領地没収されることになっているらしい。この条件は王家で契約書を3通作成して、それぞれ署名し、それぞれが1通ずつ保管しているようだ。
「それで侯爵様は慌てていらっしゃたのですね」
「そうだ。王家が絡んでいなかったら、単なる口約束程度に終わっていただろうが、私の父は、お前の祖父は、王家をも巻き込んだんだ。エミーリア、本当に申し訳ない」
「でも、よくそんな大金があったんですね」
今もあるぞ、と父は誇らしげに言う。
「なんせ、我が家代々は倹約家だからな。無いふりもして、ため込んでいるんだよ」
「え? ええー!」
私は驚いた。質素な暮らしをしているから、お金が無いものだと思っていたけれど、王家と変わらないぐらいあるらしい。我が家は一体何者なの。
「領民の幸せを考えれば、自然とそうなるよ。お金を回す時には回す。貯める時は貯める。これは大事だからな」
そうなのね。だからお兄様はあの時ドレスを買いたがっていたんだわ。
「お父様、私が聞いていた婚約に至った話と違うような気もするのですが……」
そうだな、と父は頷いた。
「資金を提供するときに、エミーリアに変な虫が近寄ると困る、だから伯爵家より格上の侯爵家に嫁がせ、エミーリアが幸せになれるのであれば、多額の資金提供も厭わないと思っていたのだろう。だが、途中でクリフの方に変な虫が寄ってしまった。まあ、彼は最初からエミーリアを見ていなかったからな」
父の悲しそうな表情に胸が痛んだ。祖父はそんな事を考えていたなんて思いもしなかった。
「お父様、ごめんなさい。クリフ様に振り向いてもらう努力が足りなかったのですね」
そう言うと父は慌てて、私を慰めるように言った。
「そんなことは無い。エミーリアはちゃんとしていたよ。どちらかと言うと、あっちが歩み寄らなかった。しかも、侯爵はエミーリアとの婚約になった理由をちゃんとクリフに話していなかったのが問題なのだよ。気にしなくていい。それに私もラルスもこの婚約をどうにかして解消できないか考えてたんだ」
父も兄も私の事で色々と考えていてくれていたことに感謝しかなく私は、「お父様、ありがとうございます」 と、父に抱き着いてお礼を言った。
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