婚約破棄? 心の中で大喜びしますわ!

風月 雫

第1話

 私が見入ってしまった、赤いドレス。

 赤というよりワインレッド。赤を少し暗くした色、すらっとしたAラインのドレスに肩とスカートには同系色のレースが施されている。

 2か月後にある学園の卒業パーティー用の自分のドレスを選びに兄のラルスと一緒に見に来た。


「お兄様、このドレス素敵ー!!」

「そうだね、一度試着してみたら。エミーリアにとても似合いそうだ」 


 早々に試着をしてみたけれど、ドレスを着替えている時に気付いた。

 値段を見てびっくりした。我が家、レグルス家は伯爵家だけど、いくら何でもこの値段はおねだりできる値段ではない。

 本来なら、婚約者のクリフ・ルピナスがプレゼントしてくれるはずだけど、婚約して10年が経とうというのにクリフは全くって言っていい程、それが無い。ドレスだけじゃない、アクセサリーだって今までにもらったことが無い。


 私達の婚約はお互い5歳の時に、王立学園に入学前に決まった。学園には貴族と一部の平民が6歳になると入学し15歳で卒業をする。ほとんどの人たちはその間に婚約者を探すらしい。けれどお互い変な虫が付くのを嫌がった祖父達が、この婚約を勝手に決めてしまった。ルピナス侯爵家とは祖父の代からの付き合いで、年齢も一緒で丁度いいと言う理由だった。当時は、婚約の意味も分からず、ただ将来この男の子と結婚するんだ、と軽い気持ちでいたけれど、今思えば、『何勝手に決めてんだよー!』と文句を言いたい。クリフ以上の変な虫なんていないのではないだろうか。

 そんな祖父も2年前に亡くなった。


 学園に入学後は男子生徒から、誕生日などにお花をもらったりした。中には印象付けようと自分の瞳の色を入れたアクセサリーをプレゼントしようとする者もいたけれど、流石に婚約者がいるのに、他の異性の色を身に着けるわけにもいかない。それは丁寧にお断りさせていただいた。クリフからは一切もらっていないけれど。だからなのか、あの手この手を使って、私と仲良くなろうという男子生徒も中にはいた。そんなに目立つ容姿ではないと思っているけれど。


 私の容姿は、肌は白く流れるような漆黒の髪にアメジストの輝きを思わせる瞳。自分で言うのもなんだが、中の上ぐらい。だけど少し笑顔になれば婉麗えんれいの微笑みと言われた。自分ではそんな風に笑っているつもりはないのだけれど。


 婚約者のクリフは髪は少し明るめの青色だが瞳は暗めの紺色。侯爵家ともなれば、容姿も華やかだけれど私の中では中の中ぐらいと思っている。しかし本人は上の上だと思い込んでいる。しかも、自分は凄くモテているんだと私に言ってくるのだ。


 そして、ドレスやアクセサリーのプレゼントもしないくせに、パーティーに行くときは自分の色に似た青系統の色を指定してくる。両親や兄は、そのたびに怒ってくれるが、身分が上の侯爵家には直接文句を言えない、というより言わない感じだ。

 私は仕方なく、流石に紺色は身に着けないが、スカイブルーのドレスとを着ていく。全く同じ色は嫌だった。


「君はどうしてその色なんだ!? もっと俺の色に合わせたらどうなんだ!?」


 だったら自分で選んで贈ってくれれば済むことなのにそれをせずにピーチクパーチクとうるさい。鬱陶しくて、まだその辺のカラスの鳴き声の方が、まだ良いわ。


 そして、クリフは私の事はまったく興味がないらしい。今度の卒業パーティーは行けないので、エスコートが出来ないというのだ。自分たちの卒業パーティーに出席しないなんて、そんな事があるはずがない。他に誰かをエスコートするんだろう。そんな状態だから、私も彼に興味が持てず、出来れば婚約解消をしたいと思っている。


「エミーリア。そのドレス、似合っているよ。これにしよう」


 兄はそのワインドレスにしようと言ってくれるが、値段が値段だ。


「お兄様、やっぱりドレスはいりません。家にあるものを着てパーティーに行くわ」

「せっかくなのに。今度のパーティーのエスコートは俺がするんだよ。俺のしたいようにさせてくれないか?」


 どうしてか兄はエスコート出来る事が楽しみで仕方がないらしい。そんな兄の楽しみを取ってはダメなんだろうと思い、ドレス以外のものをおねだりした。


「それでは、アクセサリーをに選んでくれませんか? ドレスはお兄様の瞳と同じ黒色にいたします。だから、それに合うアクセサリーをに選びましょう」


 一緒にという言葉を強調して私は言った。この言葉を忘れてはいけない。そうでなければ、兄は高価なアクセサリーを一人で選んでしまう。ドレスほどの値段ではないけれど、やはりそこそこのものがある。


「卒業パーティーに黒のドレスでいいのか?」

「はい。だってお兄様の瞳と同じ色なんですもの。金糸お花の刺繍が入っていたから、とても豪華でしたよ。せっかくだから、それを着たいです。それにお兄様、私は赤色のネックレスが欲しいです。黒のドレスに真っ赤なアクセサリー。素敵だと思いませんか? 『銀』も入っていれば尚、素敵に見えると思います」


 兄の瞳の色といえば、ほぼそのドレスになり、それに合うネックレスをおねだりする。そしてあえてここは『金』と言わない。『銀』の方が値段が安いからだ。そうやって兄を誘導しながら、一緒にネックレスを選ぶ。結局はネックレスとイヤリングをセットにして購入した。私は、ネックレスだけでよかったのに、と言うと兄はドレスを諦めたのだから、イヤリングも買わせてくれ、と駄々をこねられた。これでは、どちらが年上かわからない。


 ほぼ、思う通りに誘導でき予算内で購入できたので、ここは素直に「ありがとうございます」とお礼を言うと、兄は凄く嬉しそうな顔をした。


 それから数日後、予期せぬ事が起きた。いえ、私には喜ばしい事が起きた。皆が集まる教室で婚約者のクリフが声を高らかに叫んだ。


「エミーリア、君との婚約を破棄する!」


 ざわつく教室の中で、婚約者のクリフの腕の中に縋るようにくっついている、軽くウェーブのかっかた胸の辺りまであるピンク色の髪の子爵令嬢がいた。その髪にはクリフの瞳と同じ紺色のリボンが付けられていた。彼女は確かキーラ・バルト子爵令嬢。


「君は彼女に数々の陰湿な嫌がらせをして来たそうじゃないか!」


 そんな事した覚えもございません! と私は心の中で叫んだ。あくまでも、心の中でね。こんなチャンスはなかなかありません。これに便乗して婚約が無かったことになれば、バンバンザイです。


「言い逃れは聞かない。そして君より私の心に寄り添ってくれる彼女を手を取りたいと思ってる!」


 どうぞ、ご勝手に! と心の中では、もうルンルンです。そんなクリフで良ければのしを付けて差し上げますわ。


「承知いたしました。婚約破棄を承ります。後で、取り消しされても困るので、ここは皆様に証人になっていただかないといけませんね」


 私は周りに生徒に微笑みかけると、何故か周りの男子生徒が目を輝かせ、首を何回も縦に振り頷き、女子生徒はうっとりしてこちらを見ていることに気づいた。


 すんなり了承したためか、二人は呆気に取られている。


「あ、後で泣きついても……後悔しても……」

「しませんわ」


 クリフが最後まで言う前に私は否定した。これなら後で覆される事はない、私は確信をした。私は、これで自由だあ!! と心の中で叫んだ。あくまでも心の中でね。


 そして私は、あの二人がイチャイチャとしている教室からスキップしながら後にした。ある男子生徒がこちらをじっと見ている事など気にも止めずに。

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