第16話
どんよりとした気持ちで、私は今日一日何とか授業を受けた。昨日の、メイナードが私に対して異様なまでの執着が感じ取れるドレスの件で気分がスッキリしていなかった。靴のサイズからドレスのサイズまでピッタリで怖すぎだった。ドレスのサイズが合わなければ返せばいいと兄に言われ、大袈裟な表現かもしれないけれど、一縷の望みをかけてドレスを着てみた。……結局、その僅かな望みも叶わず、兄と撃沈した。
「今日は、学園の授業がお昼までで良かったわ。何だか気が重くて授業どころではなかったから……」
「お姉様……大丈夫ですか? あの方で何かあったのですか? お屋敷までお送りしましょうか?」
リリエラとミナリーが授業後、私の様子を見に来てくれた。婚約騒動後から彼女たちとは急に仲良くなった。何かあると声をかけてくれる。今の私は疲れた顔をしているのだろう。心配をかけては申し訳ない。これではいけないと思いながら「大丈夫よ」と答える。
「今日はルシア様が我が家に来られる予定なの。それで、一緒に帰ることに……あ、そうだわ。もしご都合が良かったら、ご一緒に来られませんか?」
心配そうに私を見ていた二人にそう提案すると、パァっと嬉しいという表情に変わる。
「ご一緒しても良いのですか?」と二人の声が高くなった。
「ええ、もちろんよ」
私も彼女たちの反応が嬉しくなって、微笑みを返す。彼女たちの頬が見る見るうちに赤くなった。
ただ、家に来ませんか? と誘っただけなのに、声のトーンが変わるほどに、こんなに喜んでもらえるとは思いもしなかった。二人は、キャー、どうしましょうと喜んでいる。私も喜んでもらえたことに嬉しくなり、彼女たちに元気をもらえた気分で気持ちが軽くなった。
そして私は気付かないフリをしていたけれど、彼女たちは廊下側から私が見えないように側に立っていてくれている。そんな気遣いも嬉しかった。
「あら? リリエラ様にミナリー様」
彼女たちの後ろからルシアが、ひょっこりと顔を出した。
「あ、ルシア様。リリエラ様もミナリー様も今日、ご一緒してもよろしいですよね?」
勝手に誘ってしまったが、一応ルシアにも確認する。ルシアは「もちろんよ。心強いわ」と微笑む。そして、こそこそ話すように、「先程、あの方が扉の陰から見ておられましたわよ」と言う。ちょうど、彼女たちが陰になり、私が見えなかったらしい。
やっぱり、思っていた通りだわ。
それにしても、リリエラとミナリーはあの方の行動が読めているようで、それはそれで少し怖い気がした。
教室を出る時もリリエラとミナリーは、普段と変わらない素振りを見せながら、あの方が側で見ていないか、確認しているようだった。校舎の玄関まで何もなく無事に出てくることが出来た。
安心した所為か、四人での会話も弾む。今日は学園に来る途中に猫を見かけたとか、授業が面白かったとか、川沿いに新しくできたカフェのホットケーキが美味しいらしいとか、くだらない話をしながら校門に向かった歩いた。
けれど、四人が並んで楽しく会話をし校門に向かう途中でルシアの足が止まる。
「ルシア様、どうされましたか?」
「あの方が……」
え? とルシアが見ている先をみた。私は息を呑んだ。そう、あの方が、メイナードが校門の側に生えている木に寄りかかっている。そして、もう一人は側近だろうか、彼の側で控えていた。
メイナードは私に気が付くと、というより完全に待ち伏せだろう。こちらに近寄ってきた。リリエラとミナリーは私の少し前に立つ。
「これは、勇ましいご令嬢たちだ。俺が誰か分かっていて、そんな事をしているのか?」
メイナードは金色の短髪をかき上げ微笑みながら質問してくる。
まずいわ。これ以上彼女たちを巻き込んでしまってはいけないわ、と私は焦り、彼女たちを下がらせようと声を出そうとしたら、
「知っております。この国の第二王子殿下、メイナード殿下ですよね」
ミナリーがメイナードの脅しに近い言葉にも屈せず、笑顔を貼り付け、そう言った。メイナードは一瞬だけ片眉を上げたが、すぐまた微笑んだ顔に戻る。しかし、緑色の瞳は笑っていなかった。
「分かっているなら、話は早い。リアと話がしたいんだけど、二人だけにしてくれない?」
呼ばれた愛称にゾクリとした。『リア』は幼い頃、家族が私を呼んでいた愛称だったけれど、いつのまにか、その愛称で呼ばなくなった。その理由を家族に聞いても、はぐらかされていた。長い間、家族からは呼ばれていない。それなのに、メイナードは何故その愛称で呼ぶのだろう。
「メイナード殿下。それはお断りいたしますわ」と、リリエラが平然とこちらも笑顔を張り付けて言う。
「へ?」と、私は口に出てしまった。
二人とも辞めてー! と心の中で叫んだ。
下手をすると、不敬だと言われ、彼女達の家族までに迷惑がかかってしまう。
「殿下。ここはまだ学園内ですよ。学園の中はまだ、地位、爵位は関係はないですよね? ご自身の権力でどうにかなる場所ではございません」
今度はルシアが、メイナードに突っかかる。
だから、ルシアまで辞めてー! と心の中で叫んだ。
確かに、学園は皆が平等に学べる場所であって、地位や爵位を振りかざす行為は禁止されている。
メイナードは、クククと笑い出した。ルシアに言われなくても、当の本人は分かっているはず。だから、学園内で私を待ち伏せしてたんだろう。外に出てしまえば、私達の出方次第では不敬罪になるから。
「メイナード殿下、ご用件は何でしょうか?」
まあ、私も彼女たちの陰にかくれてばかりではダメなのは分かっている。メイナードが待ち伏せしていた理由があるのだろう。
「まあ、いいか、リアと話せるなら」とメイナードは呟く。そして笑みを浮かべながら「昨日はどうだったかな? 気に入ってもらえただろう?」と嬉しそうに言う。
メイナードは私と自分しかわからないように会話をしてきた。リリエラやミナリーは何の事か分からくて眉間に皺を寄せている。もちろん、兄から既に話を聞いていたルシアには何の事を言っているのか分かっていた。ドレス一式の件だろう。
しかも、『気に入ってもらえただろうか?』ではなく、『気に入ってもらえただろう?』と言われたことに……気に入るのが当然だと言われているようで、イラつきを覚えた。確かに兄とドレスを見に行った時は、とても気に入ったドレスだった。兄からのプレゼントだったら、とても喜んだと思う……。
「リアに気に入ってもらえてよかったよ。もちろん大丈夫だよね?」
はあ? と私はいつもの声が出そうになるのを飲み込んだ。
誰も気に入ったとは言っていない。けれど、あの緑色の瞳が圧をかけ、こちらを見てくる。否、と言える雰囲気ではない。それに昨日は兄にそれを着ていくと言ってある。
「はい、わかりました」と私はメイナードに伝えた。
「うん。ありがとう。楽しみにしているよ」
メイナードはそう微笑むと、この場を離れようとした。私は、「殿下」と引き留めた。すると、引き留めた事に嬉しそうな顔をする。
「リア、なんだい?」
私は聞きたいことがあった。正確な名称を言いたくない。
「……あれは何故、正式に出されなかったのですか?」
これで、分かるだろうか……
あれとは、手紙だ。正式に王家の刻印を押したもので、エスコートの申し込みがあれば、私は逃げることも出来なかった。
「ああ、あれね。びっくりしただろう? ラルスも驚いていただろ? 二人が驚いている姿を見てみたかったよ。 まあ、あれだ。他の人と同じようにしてみたかっただけだ。『読んでもらえるか』とか『読んでもらえないか』とか、ドキドキしながらさ。正式に出したら、リアも困るだろ? じゃあ、楽しみにしているよ。リア」
メイナードはまるで、困らせるつもりはなかったと言いた気なようだった。けれど、もうすでに私は十分に困っていた。
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