第17話

 メイナードと別れた後、私は学園の帰りに三人を我が家に招いて私の部屋に入ってもらった。


「これが、お姉様のお部屋なのですね!」


 リリエラとミナリーが私の部屋に入って感激している。けれど、私には感激する要素が分からない。ごてごてのピンクやオレンジ色のカーテンやクッション、ぬいぐるみ、お人形などが置てあるわけでもない。色で表すと黄色。太陽や暖かな光をイメージした感じで、貴族令嬢の部屋とは思えない、到ってシンプルで質素な部屋だ。


「落ち着いた雰囲気で素敵です!!」

「そうですわね。洗練された雰囲気ですわ!」


 余分な物を置いていない、必要最小限の物しか置いていない部屋。その部屋を『落ち着いた』『洗練された』と言われるとちょっと恥ずかしい。

 

 興奮している二人をソファに座すと、暫くの間、キョロキョロとしていた。その間にルシアにも座ってもらう。ルシアは何度か私の部屋に遊びに来たことがあるので、普段と変わらない。どちらかというと、興奮しているリリエラとミナリーにちょっと引いていた。


 メイドがお茶とお菓子を持ってきてくれた。メイドが下がると、「それで」とルシアが先陣を切って口を開く。


「留学とはどういうことですか? 今までお姉様から留学の『留』の字も聞いたことはありませんでしたわ」


 その言葉にリリエラとメアリ―は目を見開いて驚き顔を見合わす。


「あ、それは、ルシア様。これには……」とリリエラが言いかけ、また、チラリとメアリーと顔を合わした。


「ルシア様。昨日、お姉様とお話をしておりまして……私たちの婚約者がハンシェミント国の人で、卒業と同時にあちらの国に行くことになっておりますの。それで、そこの文化の話になり、お姉様はご興味を持たれたようだったので、留学をされて見ては、と言ってしまったのです」


 私から言うつもりだったけれど、ミナリーが申し訳なさそうに、殆ど説明してくれた。


「そうねのね。では、急に出てきた話なのね」


 ルシアはホッとした様子だった。ルシアとは兄と婚約が決まったのは、私が7歳のころ。一つ下のルシアとは婚約が決まる前から仲が良かった。そして、私よりしっかりした性格でどちらかと言うと私が妹みたいにルシアに甘えてきた感じがあった。だから私が、ルシアに相談もなしに考えていたのかと思ったのかもしれない。


「ええ、そうね。でもまだ決まった話ではないわ。私、婚約が無くなったでしょ。だから、今後の身の振り方を考えた時に、リリエラ様とミナリー様のお話を聞いて、留学も有りなのかもしれないって考えたの。いろんな文化を見てみたい、という気持ちもあるります。兄は心配で、きっとルシア様に聞いてほしかったのね」


 兄の事だ。きっと心配でどうしたら良いのか、ルシアに連絡したのだろう。彼女は私が留学に反対なのだろうか。


「ルシア様も私が留学すことに反対ですか?」


 恐る恐る聞いてみる。


「反対とか賛成とかは私が言える立場でないのはわかっているわ。他の国の文化や言葉に触れるのも良いと思うわ。けれど、寂しいっていう気持ちはあるの。お姉様だけではないのよ。今日初めてリリエラ様やミナリー様の嫁ぎ先も国外だと聞いて。せっかく、お友達になれたのにって……」


 無理やり微笑みを返してくれるルシアになんて声をかけたら良いのか、分からない。しんみりした雰囲気の中、リリエラとミナリーは違った。


「ル、ルシア様まで、私たちがいなくなる事に寂しいと思って下さるなんて! 感激ですわ! ねえ、ミナリー様!」


 リリエラは目を潤ませて、両手を胸の前で組みながら、ミナリーに同意を求める。


「はい! こんな子爵令嬢の私たちにまで、そう思ってもらえるなんて! 光栄ですわ! 嬉しいですわ! 何なら、もう結婚もなしにしてもらって、この国に残ろうかしら?」

 

 え? とルシアと私はミナリーの一言に驚きの声が出た。飛んでもない言葉が聞こえた。結婚をなしにするなんて、そんなことしたら大変です。冗談だろうと思いたいけれど、ミナリーが言うととても冗談に聞こえない。慌てて止めようとしたら、リリエラがその話に便乗する。


「ミナリー様! それは良い考えですよね。私たちはこの国に残りましょう!」


 リリエラの発言にまた私とルシアはギョッとした。

 二人とも、辞めてー! と心の中で叫んでいると手遅れになりそうなので、声に出して叫んだ。


「やっぱり、駄目でしょうか」と、シュンと項垂れるリリエラとミナリー。本当にそんなことになったら、ハミルトン家とバルティア家の方々に顔を合わせられない。


「駄目ですよ、そんな勝手なことしては。不安で仕方がないのかもしれませんが、お相手がいる以上、その方にもご迷惑が掛かりますよ」

「……はい……」


 まあ、私みたいに途中で破棄されて喜んでいる人がいるかもしれませんが、なんてそんな事を口にしたら、この二人なら相手の方に直接聞いたり、そう仕向けたりしそうで怖い。だから言わないでおこう。


「でも、違う国に行ったからって私たちの関係は変わりません。結婚されてもお手紙のやり取りや年に何回か会う機会もあっても良いと思いますよ」


 ルシアは優しい口調で微笑みながら言った。


「本当ですか!? そう、言っていただけると嬉しいです!」


 リリエラとミナリーは顔を見合わせ、目を輝かせた。この二人もとても可愛らしい。お友達になれて良かったと思えた。


「けれど、お姉様は第二王子殿下とはどうされるのですか? 確実にお姉様に興味がおありのようでしたわ」


 ルシアは一口お茶を飲むと、同情するような目で私を見て言った。


「ルシア様、一伯爵令嬢ごときが第二王子殿下をどうにかできるわけでもないので、どうしたらいいのか困っております」


 本当に困っている。私は、深い溜息を肩を揺らして吐いた。


「やっぱり、一度国外に出られるのも良いかもしれませんね。ラルス様からドレスの件もお聞きしました。ドレスのサイズ、靴のサイズまでもがぴったりだったとか。知らないあいだにそういった情報があの方に渡るのも少し怖いですし」


 どうしたものかと片手を頬に当てて、ルシアも悩む。


「「え?」」


 リリエラとミナリーが驚いた。どういうことですか? と彼女たちは身を乗り出して聞いてきたので、私は昨日、第二王子殿下からドレスと装飾品と靴が届いたことを彼女たちに説明した。


「え? それで、お姉様がラルス様とドレスを選びに行って、試着までしたドレスを送ってきたと、しかもサイズがピッタリで……アクセサリーもその時に選んだものと似ているのですか? しかも靴までもが……でも、どうやって……」


 リリエラが目を丸くしてびっくりした様子で言い「まさか、そのドレス屋がお姉様の洋服のサイズを流したのでしょうか?」と恐ろしい事を言い出した。


 ミナリーは顎に人差し指を当て少し考えて、こちらも可笑しな事を言い出す。


「もしかして、あの側近が? 以前、見た事があるのです。私がお姉様の跡を付けて……あ、すみませんでした。お姉様の跡を付けてしまって……一体何にご興味があるのか知りたくて」


 本当に申し訳なさそうな顔をしてミナリーが言う。もう済んだことだし私は何も責めないけれど、少し引いてしまう。


「今度からは、直接聞いて下さると嬉しいわ」と言うと、ミナリーの顔をパアッと明るい表情になった。彼女たちは本当に素直な子だと思った。


「あ、ありがとうございます……すみません。話を戻します。その時に、お姉様が入ったお店の店内に何度か見かけました。何度かというか、気が付いた日からはほとんどお姉様が行く所行く所にいました。あの様子だと前から後を付けていたのかもしれません」

「え?」


 私は鳥肌が立った。


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2024年12月13日 00:11

婚約破棄? 心の中で大喜びしますわ! 風月 雫 @sizuku0219

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