第28話 クリフの後悔

 何故、エミーリアとメイナード殿下が合わせたような衣装なんだ?


 俺はキーラ・バルト子爵令嬢をエスコートして卒業式を出席した。キーラはいつものように高いドレスを強請ってきたが、俺にはもう買うだけのお金がない。王家の計らいで、父の代まで爵位は残るが、卒業後には領地没収され追い出される。爵位が残っても領地の収入もなくなり生活していくためのお金は自分達が働いて何とかしなければならない。


 今日のキーラの装いも安い物ばかりだ。けれど今の俺にとっては高価な物には変わりない。今まで贈ったものは一体どうしたんだろうと思ってしまう。聞けばいいのだろうけれど、聞けない。聞いてはいけない気がしてならない。


 それよりエミーリアだ。

 何故、メイナード殿下とシミラールックのような装いなんだ?


 噂でメイナード殿下がエミーリアに好意を寄せていると聞いていたが、それはエミーリアが俺への当て付けで流した噂なんだろうと思っていた。


 しかし……これは……この状況は本当に当て付けなのか?


 どう見てもエミーリアは殿下の衣装を見て驚いているように見えた。それに殿下がエミーリアを見つめる瞳が好意を寄せる男の瞳をしている。あんな容姿のエミーリアの何処が良いのか分からない。しかし、エミーリアは何か面倒そうな顔をしていた。どうしてもこの二人に温度差を感じる。本当に殿下がエミーリアに対して好意を寄せ、エミーリアはそれを迷惑だと思っているようだった。


 キーラを見るとエミーリアの方をキッと睨んでいる。それを見て何か心のどこかで引っかかりを覚えた。嫌がらせを受けたからその表情なのか。


 エミーリアは本当にキーラに悪質な嫌がらせをしていたのか? もし、していなかったら? 

 婚約破棄を言った時、彼女は悔しそうな顔も悲しそうな顔もしなかった。


 本当に嫉妬してキーラに嫌がらせをしていたのか?


 同じ事をぐるぐると頭の中で考え、婚約破棄を言ったあの時のことを何度も思い出した。


 あの時のエミーリアの表情……やっぱり悔しい、悲しいという表情は無かった。どちらかといえば、喜んでいた? もしかして、俺はキーラに騙されていたのか?


 そんなはずはない……そんなはずはない……そんな……


 そう自分に言い聞かせるが心の何処かで、本当にそうなのか? という気持ちにさせられる。


 それに周りの視線が気になった。何人かが俺達とエミーリアを見比べられているように感じ、そして俺達を見てヒソヒソと話し、嘲笑っているように見えた。


 俺はもっとエミーリアと会話しなければならなかったのか? これがキーラに騙された事なら……キーラの話を鵜呑みにせず、エミーリアや周りに話を聞かなければならなかったのか? あの時、しっかり真実を確かめもしないで俺は……。


「クリフ様、もう音楽が始まりましたよ。ダンスをしましょう?」

「ああ」


 考え事をしていたら、いつの間にか軽やかな音楽が奏でられていた。キーラは俺に微笑みながら踊っている。だが、俺の頭の中はエミーリアの事でいっぱいになっていた。踊りながら彼女を目で追う。彼女の兄、ラルスと一緒に踊っていた。よく見れば、ステップもターンも優美に舞っている。ドレスだってとても良く似合っている。俺はいつも『俺の色に合わせろ』とそんな事ばかり言っていた。あの黒髪なら赤も似合う。


 あんなに美しかったのか? 


 婚約者の時に何度か一緒に踊ったが分からなかった。俺はどれだけ自分しか見ていなかったのだろう。どうしてもっと彼女を見なかったのだろう。


 あんなに酷く嫌っていた黒髪がターンをするたび靡き、紫色の瞳は宝石のようにきらきらと輝いていた。微笑んだ彼女の顔に心臓がドキンとし、顔が紅潮するのが分かった。エミーリアから目が離せなくなった。


「クリフ様? どうかされましたか?」


 手を握って一緒に踊っているキーラの声で俺は我に返った。キーラは小首を傾げていたが、以前は可愛いと思っていた感情が何処かに置いて来てしまったかのように、今は何も感じない。


「あ……何でもない」


 キーラと一緒に踊ってた感想と言えば、踊りにくい。足を踏まれることがしょっちゅうだ。最初のころは『仕方がないね』と言っていたが、一向に上達しない。エミーリアの方が断然踊りやすかった。笑顔は向けてもらえなかったが。


 もうすぐ一曲目が終わる。虫が良すぎるかもしれないが、エミーリアと話が出来ないだろうか。


 話をしてみたい。

 声をかけてみたい。

 あの微笑みで俺にも笑いかけてほしい。

 もう一度、俺の手を取ってほしい。


 今になって惜しくなったのか?

 それとも今更、彼女に恋をしたのか?


 曲が終わると俺はふらりとエミーリアの方に足が向いた。


「クリフ様、何処にいくのですか? 私、喉が渇いたので一緒に飲み物を取りにいきましょう」


 キーラに腕を引っ張られる。引っ張られながらも俺はエミーリアの方を見た。


「……!!」


 俺の胸が苦しいほどに締め付けらる。俺の瞳に映ったのはエミーリアがメイナード殿下の手を取っている所だった。殿下の表情はこの上ない程の嬉しそうな表情をしていた。やはり、殿下がエミーリアに想いを寄せていたという噂は本当の事なのだろうか?

 エミーリアの表情はそれを喜んでいると思ったが……喜んではいない? 笑顔を何とか作り出しているように笑っていた。それを見た俺は心に少し光が差した気がした。


 嫌なのか? 殿下の好意は迷惑なのか?

 俺にはまだ挽回する余地はあるのか? 


 そう考えている自分に驚いた。すでにエミーリアは元婚約者だ。挽回も何もない。自分から婚約破棄宣言をし、婚約を破棄したのだ。


「クリフ様、本当に今日はどうされたのですか? 考え事ばかりしているようですわ」


 俺たちは飲み物の入ったグラスを手にバルコニーに出た。普段のパーティーは夕方から始まるが、卒業パーティーは午後からの開始だ。外はまだ明るい。庭を眺めれば皆、ベンチに座ってパートナーや友人たちと談笑しているのが見える。これまでの感謝とこれから先の夢を語っているのかもしれない。俺もエミーリアと婚約を続けていたらと思うと、そんな風景は今の俺には眩しすぎた。


「ああ、キーラ。キーラに伝えなければならない事がある」

「え? なんですの?」

「俺は爵位を継げれない、与えられない。侯爵の爵位があるのは父の代までだ。領地も無くなる」

「え!? じゃあ、私は侯爵夫人になれないって事!? だから今日のドレスもこんな安物だったのね!?」


 キーラは血相を変える。それを聞いた俺は、何か弾け飛んだ。キーラの事が一瞬でどうでもよくなった。


「キーラ、エミーリアから嫌がらせを受けていたと言うのは本当か?」


 キーラは目を見開き、言葉に詰まっている。


「そ、そうよ。本当ですわ。何を今更そんな事を言われるのですか?」

「嘘じゃないんだな?」

「え、ええ……でも、爵位が継げないとはどういう事ですか? 私、みんなに侯爵夫人になれるって言いふらしたのに」

「それは俺の知ったことか……婚約もまだしていないのにどうしてそんな事がいえるのだ。結局は金目当てだったって事だな。エミーリアの件も嘘だったんだろう?」


 俺はキーラを問い詰める。少し声が大きかったからか周り視線を感じた。だが、もうどうでもいい。プライドも何もない。


「どっちでも良いじゃない!? 信じたのはそっちでしょ! それに爵位が継げないんだったらもう用済みです。金輪際、私に話しかけないで!」


 ああ、やっぱりそうだったんだ。


 俺は今になって、なんて馬鹿な事をしたんだ、と心の中で呟いた。



 

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