第20話 メイナードの独り言

 自分は卑怯者だとよく分かってる。

 だが、やっぱりエミーリアの事は諦めきれない。どうにかして、エミーリアの婚約を取消出来ないか考えていた。


 そんな時、キーラ・バルト子爵令嬢がリアの婚約者、クリフ・ルピナス侯爵令息に近づいた。クリフはほんの出来心でキーラに手を出したようだったが、俺はそれを許したくなかった。こんな男がエミーリアと婚約していること自体、腹ただしかった。


 俺はこの国の第二王子として生まれた。兄は俺より三歳年上で、いろんな事に秀でていた。剣術、学問等、何をしても俺は兄に勝るものが無かった。兄は俺の面倒もよく見てくれて、幼い頃は兄とよく遊び、お忍びで各領地にも出かけた。


 俺が五歳の時、お忍びである領地に遊びに行ったところで同い年の女の子、エミーリアと出会った。漆黒の髪を靡かせ、神秘的な紫の瞳、白皙の女の子で、にっこり笑うと心に温かいものを感じた。お忍びで遊んでいる俺は身分も名前も明かせない、ただ愛称の『メイ』とだけ教えた。エミーリアは心地よい鈴が転がるよな声で『メイ』と俺の事を呼んでくれた。その頃、彼女の家族はエミーリアの事を『リア』と愛称で呼んでいたから、俺もそう呼んだ。ただちょっと変わった子だった。


 外に遊びに出れば、俺の事をやっつけるんだと枝を持ち、勇ましく騎士の真似事をして来た。始めは乗り気ではなかったが、笑顔で喜ぶ姿を見れると嫌だと言えず、次第に彼女の言いなりになって遊んであげるのもいいな、と思うようになった。


 天気が悪ければ屋敷の中でお姫様ごっこ。やはり俺は、従事者らしい。この国の王子が従事者の真似事をさせられた。リアの両親は顔を真っ青にしていたが、俺はやっぱりリアの笑顔を見たくて彼女のやりたいようにやらせていた。まあ、リアの言いなりになっていたのは俺だけではなかった。兄もそうだった。


 ある日、俺は城の中で従事者の話を聞いた。兄より勝るものが何もない俺に幻滅したという話だった。それを聞いて、とても悔しかった。俺はまだ5歳になったばかりだ。兄と比べられることに腹が立ち、そして落ち込んだ。

 そんな時にまたあの子の所に遊びに行った。いつもより元気がなく遊ぶ気分にもなれなかった俺は木陰に隠れていた。リアはそんな俺を見つけて「どうしたの?」と聞いてきた。リアはずっと俺を探していたようで、よく見ると頭には木の葉を数枚つけ、手足、着ていたドレスまでもが土だらけ。必死に探してくれていたのが分かった。


 「泣いているの?」と聞かれ「泣いてない」と素っ気なく答えると、「何かあったの?」と優しく聞いてくれた。俺は、兄と比べられるのが嫌なんだと言ったら、リアは「比べられてつらかったね」と言ってくれた。

 そのまま暫く寄り添ってくれた。いつもハチャメチャな女の子なのに、俺が元気を出すまでずっと側に居てくれた。

「私たちは、まだ5歳なんだよ。今から上手くやっていけるわ。だから、大丈夫だよ」と綺麗な紫の真ん丸な瞳を細めて微笑んでくれたことを覚えている。この子と一緒なら頑張れそうな気がして来たと思った。


 気が付くと俺とリアは、学園に入学する時期になった。学園では勉強をすることも大切だが、これからの伴侶、婚約者を見つける期間でもあった。先に学園に入学して、なかなか婚約者を決めかねていた兄は、入学3年後にリアと婚約したいと言い出した。それを聞いた俺は胸にズキリと刺さるものがあった。リアが兄と婚約? 『そんなの嫌だ』という感情が真っ先にこみあげてくる。兄が父、国王に願い出ているところに俺もリアと婚約したいといった。

 兄は驚いていたが、それ以上に驚いていたのが父、国王であった。


「エミーリア嬢はだめだ!」

「どうしてですか?」


 頭ごなしに国王は反対した。理由を聞けば王太子妃、王子妃は、公爵家、侯爵家から選ぶことになっているといい、伯爵令嬢とは婚約はダメだ言うのだ。俺は何故だめなのかと駄々を捏ねたが、俺の想いを父は受け入れてくれなかった。


 そのうちリアがルピナス侯爵令息と婚約したと聞き、婚約したのだからと父は俺たちにもうリアと関わるな、と言った。俺はどうしようもない怒りが心の奥から沸きあがってきた。


 兄はリアが婚約したと聞いてからは父の言いなりだった。さっさと侯爵令嬢と婚約を決めた。父は俺にも縁談を持ちかけたが、全て断った。無理やり婚約候補の令嬢たちと会わせられたこともあった。それでもやっぱりリアの事が忘れられず、ずっと彼女だけを見てきた。


 リアの兄のラルスは俺の兄と親友だった。ラルスと兄が一緒にいる時には、彼女の事を聞きたくて声をかけた。けれど、何も教えてくれない。兄にもいい加減に忘れろと言われる。そんなに簡単に諦められなかった。結局、俺はルッツ・グレイドを使って彼女の後をつけさせ、どんな店に入るのか、どんなものに興味があるのか、どんなものが好きなのかを調べてもらった。


 ルッツには呆れられたけれど俺の心情を理解して、まあ、調べるくらいならと俺の頼みを聞いてくれていた。学園に入学してからというと、俺はリアを陰からずっと見ていた。最初はリアだけを見ていたが、ふとリアの周りを見ると、数人の男子生徒が俺と同じように陰からこっそり見ていた。少々、苛立ったが結局は、婚約者がいる彼女を俺と同様で見ているだけしか出来ないのだろうと思うと、何も言う気になれなかった。


 学園生活も残り1年を切った頃、クリフが、キーラ・バルト子爵令嬢と恋仲になっているという噂を聞いたと、ルッツが俺に教えてくれた。以前からクリフとリアは、周りから見ても本当に婚約しているのか不思議だという程だった。もしかしたら、婚約解消になるかもしれない、とまで噂が流れていた。


「そんな事があるはずがない……婚約解消なんて……」


 だが、卒業まであと数か月という頃、キーラがクリフに婚約をおねだりしている所を俺は学園の裏庭で聞いた。キーラがクリフと仲良くしている嫉妬からリアからいじめにあっている。だから、婚約破棄をして自分と婚約しようという内容だった。


「はっ! 笑わせるな。リアがそんなことするわけがないのに」


 そんな事を鵜呑みにするほど、侯爵令息は馬鹿じゃないだろうと思ったが、すんなり鵜呑みにした。


「アイツは馬鹿か! まあ、婚約破棄にでもしてくれれば、俺にもまた望みも出てくる」


 それならばと覆せないほどの状況で婚約破棄を言い渡してもらおうかと考えた。まあ、あまり褒められたやり方ではないが、匿名でキーラに手紙を書いた。

『婚約破棄宣言は大勢の生徒のいる前の方が効果的ですよ』と。

 

 こんなやり方で上手く行くとはあまり思っていなかったが、やっぱりあの二人は馬鹿だった。


『エミーリア、君との婚約を破棄する!』


 本当に大勢の生徒が集まっている所で、しかも教室……巷の恋愛小説の流行りだと夜会等の場なのに、てっきり卒業パーティーでするものかと思っていた。もう少し場所を考えられなかったのか、まさか教室で婚約破棄宣言をするとは思いもしなかった。せめて中庭でしろ! と心の中で叫んだ。


『君は彼女に数々の陰湿な嫌がらせをして来たそうじゃないか!』

 

 あの言葉には皆が笑っていた。『淑女の鏡』『婉麗の微笑み』と言われるほど、慕っている者が多いという彼女がそんな事するわけがない。それに、そんな事をしている所を誰一人してみていない。あの二人は気付いていないだろうな、俺がリアを陰から見ていたことに。いや、俺だけじゃないけどな。


 でも、リアがショックを受けていないか少し心配したが、余計な心配だったようだった。婚約破棄宣言後、リアはうれしそうにスキップをして教室から出て行ったからだ。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る