第19話

 泣き出した三人を私は宥めた。

 私は私のために落涙してくれる友人がいることが嬉しかった。


「三人とももう泣かないで」

「でも、お姉様が不憫で……国王の所為であんなどうしようもない人と婚約させられて……」


 一番涙を流しているリリエラが声を絞り出す。ミナリーもルシアも縦に首を振り頷く。まあ、何も知らされていなかったクリフも可哀そうと言えば可哀そうな気もする。けれど私も人の事を言えないけど、碌な婚約者じゃなかったわね。そして私も歩みよりが足りなかったのかもしれない。


「まさか……それで殿下の性格が歪んだのではないでしょうか?」


 リリエラがポツリと言った。


「それは、あり得ますわ」

「はい、あり得ますね」


 それに対してルシアとミナリーは同意見だった。


「え? そうなのかしら?」と私は首を傾げた。


「自分の想いが国王に分かってもらえない。気付いた時にはお姉様には婚約者がおられました。その所為で、お姉様にも想いを伝えられない。だったら、ひっそりと見ていようと思われたのではないでしょうか……」


 リリエラがハンカチで目元の涙を拭いながら言った。


「はい? ひっそりと見られても困るのだけれど」と私は眉間に皺を寄せた。「お姉様、眉間」とルシアに注意される。慌てて、私は眉間に2本の指で皺を伸ばした。私たちはそうでしたよ、とリリエラとミナリーが言う。


 ああ、この二人もストーカーまがいな事をしていたわね。


「でも、お姉様の婚約がなくなりました。だからご自分をアピールすることにしたのではないでしょうか? 私たちのように……」


 いえ、貴方たちは女の子なのだから普通に接してくれれば、すぐお友達になれましたのよ、と突っ込みたくなった。ちょっと変わった令嬢たちだけれど、とてもいい子たちだと思っている。


「それに……殿下自身の存在をアピールすれば、いくら国王がお姉様をお認めなくても虫よけぐらいにはなりそうですわ」

「そういえば、お姉様は今日は異性からあまり話しかけられていなかったですわね」

「へ?」


 私は変な声が出てしまった。それにしても、アピール? 虫よけ? 何それ?


 言われてみれば昨日と比べて今日は男子生徒からの声掛けは少なかった。けれどリリエラとミナリーはどういう意味で言っているのだろう? 


 私はギギギっと音が出そうなぐらいぎこちなく首を傾げた。なんだか不安に苛まれる。


「そうやって徐々に殿下は外堀を埋められているのではないでしょうか? そして、最後は国王にまで……」


 ルシアが横目で私をチラリと見て言う。


「ひぃ!」


 あ、また変な声が出てしまった。なんて恐ろしい事を言うのかしら。そんな事になったら、私の自由が!!


「ま、まさか! そんな国王がメイナード殿下の好きにさせるなんて言わないでしょうね?」

「わかりませんわよ。お姉様……」


 否定してくれないルシアに私は両手で頭を抱え込み動揺してしまった。


「そんな事になったら私の自由はどうなるの!? そうだわ、留学よ、留学!!」

「お、お姉様。落ち着いてください!! まだ憶測ですよ!!」


 動揺してしまったルシアは私を落ち着かせようと、半分怒鳴り気味で言う。

 そんな私とルシアを見てリリエラとミナリーは一瞬目を見開いて呆然としていたけれど、すぐにクスクスを笑い出した。何が可笑しかったのだろう。


「お姉様、ルシア様。お二人とも淑女の鏡と言われるお方なのに、これでは台無しですわ」


 彼女たちの目の前で、自分たちの醜態を晒してしまったことに急に顔が真っ赤になった。それを見た二人は、またクスクスと笑うのであった。


 その後の会話と言えばあまり進展のない話ばかりで、けれど、留学を前向きに考えたいという気持ちが膨らんだ。メイナードの件で国外に出たいと言う理由も無きにしも非ずだけど、やはり異国の文化を触れ学んでみたい、これが一番の理由だった。


 メイナードには前回の婚約の教訓と言う程でもないけれど、まあ、歩み寄りとはいかないが軽く話す程度から始めて見るのも良いのかもしれないと三人に提案された。国王の婚約条件に私が入らないのだから、それ以上の事はメイナードとてどうしようもできないだろう。私としても、私の自由を邪魔しないでくれれば友人程度の話や付き合いならば、始めても問題ように思えた。そう、私の邪魔をしないでくれれば良いだけで……。


 彼女たちが帰ったあと、兄が私の部屋に来た。


「なんだ……ルシアは帰ってしまったのか……」


 今まで何処に行っていたのだろうか、帰ってくるなり私の部屋に飛んできた様子だった。ルシアが帰った後だと分かると、悲しいという表情になった。

 

 ルシアは帰るときに兄の所在を確認しいた。でも、あれね。一応確認しただけで、不在だったから「ああ、残念。会いたかったわ」と言う感じでもなかった。兄とはちょっと違う表情だった。どちらかというと、兄の方が熱を上げている感じだけれど、仲は良いはずだから、なんの心配もしていない。時々、ルシアに対しての兄の態度を見ているとけっこう重そうに見える。前にルシアに「重くない?」って聞いたら、兄が私に接するのと変わらないわと言われた。いやいや、そんなことないと思うけれど。


「今日はどうだった? 変わった事なかった?」


 メイドがお茶を持ってきたので、兄はソファに座った。カップを持ちお茶を優雅に飲んでいる。


「学園から帰る時にメイナード殿下から話しかけてきました」

「え? あちっ!」


 兄は驚いて持っていたカップの中のお茶をこぼした。


「お、お兄様。大丈夫ですか?」と私は慌ててハンカチで拭く。

「ああ、大丈夫だよ。ありがとう、エミーリア。それで殿下は何て……まあ、聞かなくても大体は見当つくけどな。ドレスだろ?」

「はい。気に入ってもらえただろう? と言われました」

「気に入ってもらえただろうか? ではなくて気に入ってもらえただろう? ……か、自信満々だな」


 はああ、と二人で深い溜息を吐いた。

 それから兄に、ミナリーからメイナードの側近が私の後を付けているようだと聞いたことを話した。さすがに兄もこれには驚いていたけれど、納得しているようだった。

「側近は、たぶんルッツ・グレイド伯爵令息だろう。たまにアイツの側に居ないことがあったからな」


 それより、と兄は苦虫を噛み潰したように腕を組み話を続けた。


「エミーリア、本当にあのドレスを着ていくのか?」

「はい、そうするつもりです」

「でも着たら最後……アイツから逃げられないんじゃないか?」

「そこで、お兄様。私、卒業と同時にハンシェミント国に留学をしようと思います。本当は今すぐにでも留学をしたいのですが、卒業はちゃんとしたいので最後まで学園には行きます」

「そうか、やっぱり行くのか……あまりお勧めしたくないんだけどね」

「……どうしてですか?」


 兄は言い難そうにしている。何だかこの家は私に隠している事多くないかと思ってしまう。それも物凄く厄介な事を教えてくれていない気がしてきた。


「母上に聞いた方が良い。母上に関することだ。俺からは許可なしに言えない……まあ、俺も聞いた時は驚いたけどな」

「そうなのですね。お母様に関する事ですか?」


 私はしかめっ面になる。何か聞くのが怖くなってきた。あの母から許可をもらわないと言えないことって怖すぎる。無理して聞かなくていいんじゃないかしら? と思ってしまう。


「お兄様、私の留学はメイナード殿下から逃げるために行くわけではありません。殿下とはちゃんとお話ししてみようと思います。まあ、留学の事は言わないと思いますが……」

「無理に話さなくてもいいんじゃないか?」

「難しいことは考えていません。単なる学友としてお話するときにお話しする。そんなふうに考えております。無理にこちらからお声かけするわけでもありません。お兄様も気楽に考えていてください」


 そんな割り切れる奴じゃないんだよ、と兄は呟きながら眉尻を下げる。

「わかったよ、エミーリア。その代わり絶対に殿下と二人っきりにはならないように。それだけは約束して。ルシアでもいいし、この間の子爵令嬢たちでもいい。だれかと必ず一緒にいること。約束してくれ」

「分かりました。お兄様」

 心配そうに言う兄に私は安心させるために微笑んだ。

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