第14話

 私は、リリエラ・ハミルトン。しがない子爵令嬢ですわ。


 私の母は、ハンシェミント国の出身です。そして、その縁もあり私は卒業後に母の出身の国へ嫁ぐことになっております。

 

 私には憧れの令嬢がおりますの。それがエミーリア様。腰まである漆黒の艶やかな髪にアメジストの宝石のように神秘的な瞳。私より身長が高くスタイル抜群。


 噂ではあまり笑わない方だと聞いておりましたが、微笑まれると婉麗えんれいの微笑みと言われ、滅多に見られないことから、見れた時は『幸運を運んでくる微笑み』と言われておりますのよ。そして私は学園に入学早々、たまたま、その笑顔を見ることが出来ました。本当におしとやかに美しく微笑まれるのです。それはもう私は心臓を撃ち抜かれるほどの衝撃でした。それから私は、エミーリア様の虜です。淑女の姿勢、仕草。何をとっても完璧で美しい。もう、ほお、と溜息しか出ません。憧れです。


 それから、私はエミーリア様の事を陰からこそっと見ておりました。時には木陰から、時には扉の隙間から、時には柱の陰から、時には……私の行動をあげたらキリがありません。それはもう、自分の婚約者様より夢中になりました。いつかは、お友達になりたい、そんな想いで学園生活を送っておりました。


 それなのに月日と言うもはあっと言う間に過ぎていきます。気が付けば、入学して5年経ちました。いつものようにエミーリア様を木陰から覗き見、い、いえ、ただ単に見ていただけです。本当です。そして周りをよく見れば、同じように木陰からエミーリア様を覗き見、あ、いえ、あの子もただ見ていただけでしょう。そんな女子生徒が何人か、そして男子生徒も何人かいらっしゃいました。


 そして憧れの女性をよく鑑賞しますと、噂は噂でしかないと言う事がよく分かりました。

 あまり笑わないなんて、誰が言ったのでしょう? 声を出して笑う事はありませんが、よく微笑まれております。まるで春の陽射しのような微笑み。とても素敵です。それでも、エミーリア様は婚約者のクリフ・ナピナス侯爵令息の前では、殆ど真顔でいらっしゃいました。


 その様子をあの方も見ておりました。そう、第二王子殿下です。最初の頃は、気のせいだと思っておりましたのよ。けれど、エミーリア様を見る殿下の深緑の瞳に熱が籠っているのに気が付きました。


 そして、これも噂ではあるのですが、婚約者のクリフには他に付き合っている女性がいるとか。この噂は、子爵令嬢たちの中では有名な話でした。だって、お相手の女性が、私達と同じ子爵令嬢のキーラ・バルトだったの。


 軽くウェーブのかかったピンクの髪。それに私は見てしまったの。クリフとベッタリ寄り添って町の中を歩いているのを。あれだけ大っぴらに周りに見せつけるように歩いていたら、すぐに噂になってしまいます。


 そして最終学年に入り、次第にエミーリア様との婚約がなくなるかも知れない、そんな噂も流れ出しました。そんな噂が流れる中、とうとうあの日がやってきたのです。


 クリフがエミーリア様に婚約破棄を言い渡す日が……。


 クリフの話だと、エミーリア様がキーラに陰湿な嫌がらせをしてきた、と言うものだった。


 はあ? と私は声を上げそうになりました。けれど、そこは淑女。エミーリア様のような淑女を目指す私はそんな声を飲み込みました。それに私は知っています。いつもエミーリア様を追いかけ陰で見てきたのだから。そんな事をしているお姿は、一度も見ておりません。そして、同じように陰からこっそり鑑賞されていた男子生徒、女子生徒たちも知っています。あの第二王子殿下も。


 それを知っている生徒たちはクスクスと笑っておりました。男子生徒たちの中には、待った甲斐があった、と喜んでいる者もいました。


「卒業パーティーのエスコートの申し込みの手紙を書かなくては」と呟く男子生徒も数人おり、私もそれに乗じて、お友達になりたいと手紙を書き、翌日に沢山の手紙の中に紛れ込ませる事に成功しました。


 普通にお渡しすればいいのですが、エミーリア様を目の前にしたら、心臓が破裂してしまいそうになりますの。そんなんで友達になれるのか、と思われる方がいるかと。けれど、あと残りわずかな学園生活をエミーリア様と一緒に楽しみたい。お話が出来るようになりたい。卒業したら、私はよその国に嫁ぐことになるのだから、想い出がほしかった。



◇◇◇◇◇



 私は、ミナリー・バルティア。

 子爵令嬢です。

 私は学園入学前に婚約が決まりました。私の母は、ハンシェミント国の出身です。リリエラ・ハミルトン子爵令嬢の母と、私の母は従妹同士です。そして、リリエラと同様に私もその縁もあり、卒業後に母の出身の国へ嫁ぐことになっております。


 その学園入学の日、私はとても不安でした。友達がちゃんと出来るのだろうか、勉強について行けるのだろうか、と。

 けれど、その日に見てしまったのです。綺麗な黒髪を靡かせ、たおやかで美しい、歩くたびに花弁が、はらりはらりと舞っているように見える令嬢を。

 私の些細な、不安な気持ちはどこかに消え、早々に令嬢のあとを追いました。


「エミーリア様、おはようございます」


 たおやかな令嬢を呼び止めているのは、彼女とは正反対のシルバーブロンドの髪の女子生徒だった。私は彼女を知っている。ルシア・ブロッサム伯爵令嬢です。

 あとで分かったのですが、エミーリア様の兄と婚約されていて将来は義姉になられるとの事です。ああ、羨ましい限りです。

 私はエミーリア様に声をかける余裕もなく、只々、陰から見ているだけです。お話をしてみたい。


 私はたまたま、学園の帰りにエミーリア様と同じお店に入りました。エミーリア様はルシア様と一緒おられます。微笑みながらアクセサリーを選んでおられました。アクセサリーより輝いてるエミーリア様の微笑み。うっとりとしてしまいます。


 何度かエミーリア様と同じお店の中に入る事がありました。決して、跡を付けているわけではありません。ほ、本当ですわ……

多分……。自然と足がエミーリア様の方に向いてしまうのです。

 エミーリア様が手に取るアクセサリーは小さいお花が付いた物ばかり見ておられました。そういえば、今付けていらっしゃる髪飾りも似たような物です。いつか、私が選んだ物をあの艶やかな黒髪に、髪留めを身につけて頂けたらと、妄想してしまいました。


 何度か、一緒と言えるかは不明ですが、エミーリア様と同時に同じお店に入る事があり、私も店内を見回す余裕も出てきた頃、不思議な事に気づきました。店の端に男性が一人立っていらっしゃいます。


 あら? あの方は前にもお見かけした事が……


 何故かエミーリア様の跡を付いていくと、あっ、わざとでは無いのですよ。たまたま行く所が一緒なだけで、単に足が勝手に動くのです……話がズレてしまいました。 

 あの方は結構な頻度で同じ場所にいるような……。これは調べてみる必要があります。あの方はどなたなのでしょう。


 いろんな伝手を使って調べてみると、あの方はルッツ・クレイド伯爵令息。第二王子殿下の側近らしいという事が分かりました。ただその時は、側近の方がエミーリア様をお慕いしていらっしゃる、私と同志だと思っておりました。

 けれど暫く観察してみると、エミーリア様を見ている様子が恋焦がれる、とかそういうようなものでない事に気が付きました。まるで監視する様な少し鋭さがある瞳でした。


 まさか、我が国の第二王子殿下が側近の方を使ってエミーリア様の事をストーカー、あ、違います。エミーリア様の事を調べているなんて、思いもしませんでした。


 そして、あの婚約破棄騒動の第二王子殿下の不敵な笑み。少し性格が歪んでいらっしゃるようです。怖いです。


 エミーリア様とお話が出来るようになった次の日、エミーリア様とルシア様、リリエラ様と私、四人が中庭で話している時に見てしまいました。校舎3階の窓からこちらを覗き見ている第二王子殿下を。エミーリア様に熱い眼差しを向けられその視線は、リリエラ様も気付いておりました。


 リリエラ様も第二王子殿下のストーカー行為に気付いておりました。けれどエミーリア様は第二王子殿下に興味が無いようでした。ですから、リリエラ様と結託してエミーリア様を卒業まで、性格の歪んだ殿下からお守りする事に決めました。

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