第6話
俺はクリフ・ナピナス侯爵家の嫡男だ。
レグルス伯爵家とは祖父の代からの付き合いだった。
その祖父達が、学園入学前の5歳の俺にレグルス家のエミーリアとの婚約を勝手に決めてしまった。
初めてエミーリアと会った時は、黒髪にアメジストのような瞳で、まあまあ、可愛いと思ったが、会話をしても俺に対して愛嬌を振りまく事など無かった。つまらない女だと、それが俺のエミーリアに対する第一印象だった。
祖父は、侯爵家の我が家の方が格上だと言うのに、伯爵家のレグルス家には頭を下げっぱなし。それも気に入らなかった。
そしてその後も3回ほど会ったが、俺の華やかな容姿を褒める訳でもなく、相変わらず愛嬌を振り回す事もなかった。エミーリアの装いは、他の令嬢に比べると至ってシンプルな物が多かった。ドレスも、アクセサリーも俺の色にしてくる訳でもない。お茶を一緒に飲んでも何をするにも淡々として、つまらなかった。何故こんな子と婚約しなければならないのか、不思議だった。
だから、そんなつまらない婚約者のために、何か贈り物をするのもバカバカしいと思い、一切しなかった。学園に入学すると、俺は他の令嬢からよく話かけられた。容姿も褒めてくれる。こっそり手紙をくれる令嬢もいた。俺は、何度か父にエミーリアとの婚約を解消したいと言ったが、そのたびに却下された。
「父上、どうして解消してはだめなのですか?」
「ダメなものはダメだ! お前はエミーリアと結婚するんだ!」
それの一点張りで、理由も教えてくれない。無理に聞こうとすれば、「もう少し成長してからだ。今のお前には理解できないだろう!」と、それで話は終わってしまう。
学園では、エミーリアの周りでは男どもが色目を使って見ている。あんな女の何処が良いんだか分らない。全く微笑まない、笑ったところなど殆ど見たことが無い。まあ、俺と婚約が無くなってもあれなら問題ないだろう。俺にだって、慕ってくれる令嬢もいる。それが、キーラ・バルト子爵令嬢だ。
彼女は髪は軽くウェーブがかかってピンク色をしており、瞳は緑色をしている。よく俺を褒めてくれて微笑んでくれた。その微笑みに俺は心から安らぎを覚えた。
ある日、彼女は中庭のベンチで泣いていると、男子生徒から聞いて、その場所に行ってみた。話を聞いた通り彼女は泣いており、側へ行くと俺に気付いた。
「どうした? 何故泣いている?」
聞いても彼女は黙ったままだった。暫く彼女の横に一緒に座った。すると、彼女は何故泣いているのか、ポツリポツリと話を始めた。
「エミーリア様が……私の教科書に落書きをされてしまって……」
「はあ? あの女はそんな事をしたのか?」
「はい……これです。きっと私がクリフ様とよくお話をしているからですわ。今までにも他にいろいろされて……おりました」
なんと醜い嫉妬だ。これは、もう我慢の限界だ。父上に婚約解消を願い出ても却下されるなら、俺から婚約破棄にしてやる。皆の前で婚約破棄を言えば、仕方がなしに納得していただけるだろう。エミーリアだって、皆の前で婚約破棄を言われれば、少しは俺を立てることを覚えるだろう。心を入れ替えるなら、まあ婚約は続けてやってもいいかもしれない。キーラとの仲は今まで通りにさせてもらうが。そう俺は簡単に思っていた。
『承知いたしました。婚約破棄を承ります』
はあ? 婚約破棄をすると言うと、エミーリアはそう答えた。いや、心を入れ替えるなら……と思っていたが、エミーリアは「後で、取り消しされても困るので、ここは皆様に証人になっていただかないといけませんね」と続けた。
周りを見ると、男子生徒の眼差しは期待に満ち溢れていた。中には、やっと婚約が取り消される、と呟き喜ぶものも。女子生徒の中には、軽蔑するかのように見る者や、クスクスと笑っている者がいた。それはエミーリアに向けたものではなく、こちらに向けたもののように感じた。
「あ、後で泣きついても……後悔しても」
「しませんわ」
俺が、言い終わる前に、そんな事はないと否定されてしまった。が、腕の中で必死に寄り添っているキーラを見ると、何て健気で可愛いんだろうと思い、周りを気にしないようにした。
俺はやっと、あの可愛らしげの無いエミーリアと婚約破棄が出来ると心から喜んだ。
俺はキーラと寄り道をしながら屋敷に帰った。彼女は本当によく笑う。表情もくるくると変わり、一緒にいても楽しかった。名残惜しい時間を惜しんで帰ってくると、帰るなり青ざめた執事にすぐに父の執務室に行くように言われた。俺は部屋でゆっくり一休みしたかったのに、と思ったが、ちょうど婚約破棄を宣言したことを父に報告しようと思った。
それが、部屋に入るなり、
「大バカ者ーー!!」
と、怒鳴られた。余りにもの勢いに俺は一歩下がった。
「お、お前は、何てことをしてくれたんだー!」
「ち、父上、何のことでしょうか?」
俺は慌てて聞いた。俺には父に怒鳴られるようなことをした覚えもない。
「レグルス家の婚約破棄の件だ!」
もう、連絡が入ったのか? もう父に知らせが入っているのなら話が早い。俺はそう、思った。
「ああ、その事ならエミーリアにも……」
「ば、馬鹿者ー!!」と父は顔を紅潮させ、また怒鳴る。俺は余りの煩ささに両耳を抑えた。
「何故、そんな事をした! あれほど婚約は解消しない。続けると言っただろうが!」
「父上! あんなつまらない女より、俺はキーラのような令嬢の方が良いです」
「何がつまらない女だー! それに誰だ、その令嬢は!? 今すぐ頭を下げに行くぞ! お前が言った事を取り消してもらうんだ! もたもたするな! もう一度頭を下げに行くぞ!」
「父上? 一度レグルス家に行かれたのですか?」
「お前が婚約破棄宣言をしたと連絡を受けて、直ぐに頭を下げに行ったが、レグルス家は許してくれなかった。だから、お前を連れてもう一度土下座しに行くぞ!」
「嫌です! 何故ですか!? 俺はあんな女との婚約は嫌です! どうして侯爵家が伯爵家に頭を下げなければならないのですか!? しかも土下座なんて、どう考えても……」
「馬鹿者! 我が家はレグレス家には頭が上がらないんだ! 侯爵家でいられるのもレグルス家があっての事だ。それを蔑ろにしおって! この事が王家に伝わる前に、レグルス家に許しを請わなければ」
「何故、そこまであちらを立てるのですか!? それに、婚約破棄宣言をした時には、第二王子殿下もいらっしゃったから、もう王家に伝わっていると思います」
「はあ!? なんだと!」
父は真っ青な顔をして、そのまま頭を抱え込んだ。そして、ぶつぶつと何かつぶやいている。
「父上! 大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけあるか、もう駄目だ……我が家は、取り潰しになるかもしれない」
父は先程の勢いはなく、力なく言った。
「お前はまだ小さかったから覚えてはいないかもしれないが……」
父からの婚約をすることになった経緯を聞いた。
婚約を取り消しになった場合、借金を一括返済?
そんな話は寝耳に水だった。
ナピナス家がレグルス家に借金? うそだろ?
「父上、そんな話は今まで一切聞いていません。どうしてそんな事に?」
「お前が産まれてから数年後に大雨の災害があった。復興する資金が無く、途方にくれていたら、父上が、お前の祖父が、レグルス家なら力になってくれるかもしれないと頼んでみたら、資金を貸してくれることになった。だが、余りにも多額な金額になったから、孫娘が幸せにしてくれると言う約束ができるなら、借金を返済しなくても良いと言う事になった。条件付きで……」
「その条件っていうのが、婚約取り消しや離婚した場合のことですか?」
「ああ、そうだ」
父は力なく答えた。
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自分で創作していてなんですが、この親子は嫌だなあ、なんて思ってしまいました(;'∀')
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