第33話 メイナードの失敗2

 斜め後ろから聞こえた声に俺は驚いた。ラルスが伯爵に許可を求めたにも関わらす、夫人が先に『許可する!!!』と叫んだのだ。俺は恐る恐る夫人の方に振り向く。夫人は無表情で俺を見ていたが、鬼気迫るオーラを感じた。夫人の後ろに大蛇を通り越して龍が見えた気がした。一瞬「ひぃっ」と怯える声が出そうになり、俺はゴクリと固唾を飲み込んだ。


 伯爵の方を見れば、少し呆れ返った様子で片手で頭を押さえている。 


 もしや、この伯爵家は嬶天下かかあでんかなのか?


 俺の幼き記憶の中では、夫人はおっとり淑やかな女性だったイメージがあった。


 猫を被っていたのか? 会わない間に人格が変わってしまったのか?


 そんな中、何事もなかったようにラルスは淡々と話しだした。


「殿下、今朝は一人の男子卒業生が我が家に訪問してきました。訪問理由は、エミーリアと会って話がしたかったというものでした」


 今朝、先に来ていた馬車は俺が予想した通り、誰かがリアに会いにきたものだった。大方、学園では俺が目を光らせていたから、直接、家に訪問したということだろう。


「その男子生徒は、殿下と同じように花束を用意してきました。殿下の花に比べるとかなり小さめで、貧弱な花束でした。ですが、彼は俺にこう言いました。『彼女の事を想って、初めて自分で選んできました』と」


 ラルスは淡々と話していたが、次第に穏やかな表情でその状況を思い出し微笑んだ。俺の背中に嫌な汗がスーッと伝う。自分の行いを思い出してみた。ドレスにしてもこの花束にしても結局は人に頼んだものだ。自ら動いていない。


「俺はその男子生徒に対して在学中は嫌悪を感じておりましたが、なかなか見所があるのではないかと思い、少々、見直しました」

「嫌悪だと? 見直した? 一体誰だ?」

「それは、名前を伏せさせていただきます。殿下が権力を使って何かされても困るので」


 俺は、そんなことしない、と言おうとしたが、今朝、胸糞悪いと思っていた自分を思い出した。名前を聞けば、その彼に嫉妬で何かしらの事をしてしまう可能性もある。ここはラルスの言う通りあえて名前を聞かない方が良い。俺は聞きたい気持ちをグッとこらえる。ただ、どうしても気になる事がある。それはその彼がエミーリアと会えたのかどうかだ。


「ラルス、その奴は……その彼とエミーリアを会わせたのか?」

「気になりますかね?」


 ラルスの目は、俺の考えを見透かしているような炯眼だった。その鋭い瞳から目を反らすが、物凄く気になる。気になるが、ラルスの瞳と先程からの夫人の途轍もない殺気が気になり、声を発することを躊躇ってしまう。声を出さずに俺は頷いた。


「会わせてないです」


 ラルスの一言に俺は、良かったと安堵した。


「しかし運が良ければ、会えるでしょうね」

「どういう事だ? 運が良ければとはどういう事だ?」


 ラルスは笑みをこぼす。相変わらず先程から目が笑っていない。この笑みは全く教える気のない笑みだ。こちらがどう足掻いてもリアに会わせてくれないだろう。ここまで来てリアに会えないのは悔しい。だが、他の男と比べられて自分が劣っていると言われていることも、もっと悔しい。俺は唇を噛み締めた。ここで粘っていても、彼女には会えないだろう。それに先程からずっと斜め後ろの殺気も気になってしかたがない。夫人に無言で「さっさと帰れ」と言われている気がしてならない。俺は仕方なく後ろ髪を引かれる思いで一度帰ることにした。


 俺は帰りの馬車の中で、ラルスの言っていたことを思い出していた。


『彼女の事を想って、初めて自分で選んできました』


 俺は確かに人任せで自分で行動をしていない。それがいけなかったのか? 俺にはわからない。王宮に戻ってきてからは自分の部屋に閉じこもり、椅子に腰かけ机に頬杖をついて漠然と考えていた。


 何がいけなかったのか?




「……下、殿下、メイナード殿下!!」


 目の前でルッツが俺を呼んでいた事に気づいた。


「どうしたんですか? ぼんやりとして。エミーリア嬢に会えたんですか?」

「あ……いや、会えなかった。会わせてもらえなかった……ラルスにドレスも花束も俺が選んだものじゃない。だから……会わせてもらえなかった」


 ルッツは目を見開いて少し驚いているようであったが、その理由に納得したようだった。何故、納得できるのか不思議だ。俺には分からない。理解できない。


「私は先に申しましたよね? 花は『ご自分で選ばれたら?』 と」

「何故自分で選ばなければならないのだ?」


 ルッツは「殿下は何も分かっておられない」と呆れるように言い溜息を吐いた。


「では、仮にエミーリア嬢が殿下に贈り物をしてくださいました。殿下はどういう感情をお持ちになりますか?」

「うれしい……」

「まあ、普通はそうですよね。好きな令嬢から贈り物をもらえるのは嬉しいですよね。しかしその贈り物が、私が選んだものをエミーリア嬢が殿下に贈ったら、同じく嬉しいとお思いになられますか?」

「そ、それは…………」


 言葉に詰まった。どちらかと言えば、嬉しくない。他の人が選んだものだと嬉しさが半減してしまう。そしてラルスが言っていた言葉を思い出した。


『彼女の事を想って、初めて自分で選んできました』


「殿下はどんな物でも彼女自身が悩んで選んでくれたものなら嬉しいじゃないんですか?」

「ああ! そうだ! 自分で選ばなければならなかったんだ!」

「分かりましか? 贈り物という物はそういう物です」

「じゃあ、俺は彼に先を越されたのか?」

「彼と言いますと?」

「今朝、俺が訪問する前にレグルス家に男子卒業生がリアに会いに来たらしいんだ。自分で選んだ花を持って……」

「おお! 殿下とは大違いですね!」


 俺はジロリとルッツを睨んだ。


「ゴホン……失礼いたしました。それで誰だったのですか?」

「それが……その卒業生に何かするかと思ったらしく、ラルスは教えてくれなかった」

「おお! さすがラルス殿です。殿下の性格を理解されております!」


 俺は再びルッツを睨んだ。


「ゴホン……」

「以前はその卒業生には嫌悪感を持っていたらしいんだが、それで少し見直ししたようだった」

「嫌悪感?」


 ルッツは顎に手を当てて首を傾げ考えている。


「ラルス殿が嫌悪感を持っている卒業生はいるといえばいますが……まさか、そんなことはないだろうと思うのですが……」

「誰だ? それは……」

「私の知る限りでは、メイナード殿下か……」


 俺はもう一度ルッツを睨み付けた。まあ、これに関してはそう思われていても仕方がない。じゃあ、他は誰なんだ?


「そんなはずはないと思うのですが……クリフ殿です」

「はあ!? そんなはずはないだろう!? アイツはキーラ・バルト子爵令嬢と……」


 ルッツの表情には何か思い当たる節があるようだった。


「それが、昨日の卒業パーティーにはクリフ殿はキーラ嬢をエスコートしていたのですが、お開きになる頃にはお互いバラバラに居りました。あれほどベッタリと一緒にいた二人が見事にバラバラになっていたので不思議に思っていたのです」

「ルッツ……」


 俺は調べてくれと言おうか迷った。人に頼ってばかりいてはダメなのは分かる。自分の足で調べた方が良いのか……。


「殿下、こういうものは側近の私が調べるものです。人を使うのです。直接、殿下が調べたら皆、何事かと思われます。すぐに調べておきますので、今日はゆっくり休んでください。昨夜は嬉しくて寝れなかったようですから」


 ルッツの言葉が胸にグサッと突き刺さる。昨日とは打って変わって心が重い。昨日の事が遠い昔の事に感じた。






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