第5話
騒がしい学園の一日が終わり帰宅後、夕食までの時間、私は兄の部屋で兄と二人で話をした。
「今日は騒がしい一日だったらしいね。ルシアから聞いたよ」
二人掛けのソファに兄と私が並んで座った。兄は私の頭をそっと優しく撫でる。今日は学園までルシアを迎えに行き、お茶をして帰ってきたらしい。
「お兄様、本当に騒がしい一日でした。そして、これが例の箱ですわ。今日頂いたものが入っております。どうしましょう?」
私はドサリと段ボール箱の中身を自分たちの目の前にある机の上に広げた。手紙は十数枚、掌に乗るほどの贈り物は5個、これは多分イヤリングや髪留めなどだろう。それより、少し大きめの贈り物は2個、こちらは多分ネックレスなのかもしれない。彩とりどりのリボンがかかっていると思っていたけれど、半分は私の瞳の色と同じ紫色のリボンだった。
「ああ、大変だったな。こっちで家名を確認しておくよ。しかし……まあ、なんと言うか、こうなることは薄々分かってはいたが、沢山あるな。皆、エミーリアと奴の婚約取消しを待ってたという事だな……どうだ、この中で気になる男性はいないのか?」
机の上に並べた手紙や贈り物を少し困惑の表情で見つめる兄は、私をチラリと見て、少し揶揄い気味に聞いてきた。気になるも何も、今は見る気にもなれない。
「いないと言うより、まだ何も見ておりませんわ。手紙の内容だって中身を見てみないとわからないでしょう? もしかしたら、恨み言でも書いてあるかもしれませんわ」
兄の揶揄いに少し呆れて、私はため息交じりで答えた。
「ははは、もしそんな手紙を我が家に送る家があったら、遠慮なく潰させてもらうよ」
兄は楽しそうに言っていたが、目が笑っていなかった。瞳の奥にはメラメラとしたものが見え隠れしている。我が家は単なる伯爵家じゃないのかしら。
「まあ、手紙の内容については見なくても大体は見当がつくけどな。今、確認するから、父上に『ただいま』を言っておいで、まだなんだろう? 先程、帰ってきたようだったよ」
「はい。お兄様、お願いしますね」
私は兄の部屋をでて、父の執務室に向かう。部屋の前まで来るとトントントンとノックをすると「どうぞ」と返事が返ってきた。部屋に入り、「お父様、ただいま」と言うと、難しいしかめっ面をして書類を眺めていた父の顔が、すぐに柔らかい表情になり私の側にくると「おかえり」と優しく抱きしめてくれた。
「学園はどうだったかい? 大丈夫だったかい?」
「はい、お父様。いつもと変わらない……いえ、今日は違ったわ。いろんな方から手紙や贈り物を頂きました。どういたしましょう」
そう父に伝えると、柔らかかった表情がすぐ真顔になり、威圧感を感じた。その一瞬で背中にゾクッと寒気が走る。
「誰だ!? どこの令息だ!? 私の可愛いエミーリアにちょっかい出そうとしている者は?」
あの物腰の柔らかい父の言葉と思えない口調だった。もしや、お父様の素もこちらなのかしら?
「お、お父様?」
父は、私の声にハッと気づくと慌てて、いつもの父に戻った。
「ああ、すまない。エミーリア……手紙は内容を確認して、お返事をしなさい。贈り物は今は婚約者がいないから、一応頂いても問題ないとは思うが、その気が無いのなら失礼の無いようにお返ししても良いだろう」
「はい。分りました。お父様」
そんな会話を父としていると、メイドがお茶を持ってきてくれた。父は、ソファに座るように私に言うと、メイドがテーブルの上にお茶を置いてくれた。
私は座ると、父も向い側に座る。私はカップを持って一口飲む。
「エミーリア、ルピナス家の婚約取消しの話は王家の承諾が取れたよ。本当に、申し訳なかった。こんな事なら、もっと早くにこうすれば……先代の想いなどに気をかけなければ良かったのだ。あんなくだらない約束など……」
「お父様、おじい様も良かれと思っての事だったのでしょう? もう、いいですわ。これからはの時間は私自身のために使いますわ。暫く婚約とか考えませんわ」
「エミーリア、ずっとずっとこの家にいておくれ」
何とも情けない声を出している父を私はクスクスと笑うと、父もホッとしたようだった。そんな、和んだ雰囲気の中、突然、兄が慌てて「父上! エミーリア!」と執務室に入ってきた。
「どうしたんだい、ラルス。ノックせずにそんなに慌てて」
「エミーリアの持って帰って来た手紙の中に、こんな物が入っておりました」
兄のラルスが持っていきた封筒を父が見る。私には普通の封筒の手紙にしか見えない。あれが『こんな物』って、どういう事かしら。
父はその封筒の裏を確認すると、みるみるうちに顔色が変わった。父と兄の慌てぶりからして、よからぬ人物からの手紙らしい。
「まったく……予想外だな」
父は苦虫を潰したような顔をした。
「はい。俺もまさか学園に持ってくるとは……あいつは確か、エミーリアとクラスは違うけれど同じ学年です。こういうものは我が家より格上のお家柄なのだから、正式に我が家に直接持ってくると思っていたのですが……ああ、俺の落ち度です」
険しい顔つきで兄は、何か失敗をしたように下唇を噛みしめていた。父は、そんな兄を宥めるかのように、「しかし、正式に刻印のあるものを持ってこられても困るのだが……」と腕を組んで言った。
二人でとても大きな溜息を吐き、深刻そうな話をしている。何度目の溜息かしら。それに刻印? 我が家より格上? そんな方からの手紙を『こんな物』って言ってしまって良いのかしら? でも、どちら様からの手紙なのでしょうか?
私は聞かない方がいいと思いながらも、私宛の手紙なので聞かない訳にはいかない。
「お父様……その手紙はどちら様からの?」
恐る恐る、父に尋ねる。父は頭を押さえながら、はあ、と大きな溜息を吐いた。兄は、持っていた手紙を私に渡してくれた。私はその手紙を手に取る。
表には私の名前が書いてある事を確認する。そしてゆっくりと恐る恐るひっくり返し、裏面を見た。
「メイナード・ドルーニア?」
はて? どこかで聞いた事があるお名前。どちら様だったかしら……
私は、小首を傾げた。今度は兄が大きな溜息を吐く。
「第二……王子殿下だ……」
「だい、に……おうじ、……でん、か?」
なにそれ? 誰? 第二王子殿下って……。一瞬思考が止まった。
「え? ええ!? 第二王子殿下って、え? 王家の? あの第二王子殿下!?」
「ああ、そうだ……王家のあの第二王子殿下だ……」
兄はオウム返しの様に答え頷く。
え? 何故? 第二王子殿下が、伯爵令嬢ごときの私に手紙を……もしかしたら私は知らないうちに失礼な事をしたのかもしれない。緊張の余り、手紙を持っている手と足が震える。
「お兄様! 私、知らないうちに何か失礼な事をしたのかもしれません!!」
必死で訴える私を横に兄は頭を抱え込み、しゃがみ込んだ。
「ああ、くそっ! 何であいつが『こんな物』を! エミーリア! 見なかったことにしよう! 燃やせ!」
『こんな物』と言われる手紙を私から取り上げると、兄がパキッ、パキッと燃える暖炉の中に投げ捨てようとした。
「あわわ、お兄様。ダメです!」
慌てて私は、兄の手を止める。兄は、止めるな! と叫ぶ。いやいや、そんな高貴な方からの手紙を内容も確認せずに燃やしたら不敬罪になる可能性が……いえ、確実に不敬罪になるわ。
「お、お父様! お兄様を止めて!」
私は必死に兄の腕にしがみついて、血相を変えた父に助けを求めた。けれど……父から出た言葉は。
「そ、そんな手紙! 早く燃やしてしまえーー!」
真っ赤な顔をして、父が叫ぶ。
いやー、お父様までそんなこと言わないでー、と私は心の中で叫んだ。
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