風鳥便
たまに、夫に頼まれて隣町までお使いに行くことがある。
たいていは、書き上げた原稿を王宮に届けるためだ。
隣町には「風鳥便」の受付所があって、そこから風鳥が原稿を運んでくれる。
夫は書き上げたものを、私に手渡しながら「ちょっと急ぎなんだ」とのんびりした声で言う。
急ぎならもっと早く準備してくれればいいのに、と内心文句を言いながら、その原稿を受け取る。
隣町まで私の足で半日はかかるというのに。
風鳥便は、昼間に受付でお願いするのが一番いい。
夕暮れ近くに行くと、眠そうな目でこちらを見る風鳥たちの姿に心が痛む。
そんな眠そうな風鳥を見ると、「ごめんよ、次は早く持ってこられるように夫に書かせるからね」なんて言い訳がましく話しかけたりもする。
風鳥便は風に乗って目的地まで届けてくれるシステムで、受付所には空を見上げて待機する風鳥たちがずらりと並んでいる。
カラスくらいの大きさで、私の目には青く光って見えるけれど、夫やほかの人には違う色に見えるらしい。
原稿を差し出すと、風鳥が目を細め、くちばしで静かに受け取る。
その姿が少しこわくて、手を「がぶーっ」とされそうで、思わず身を引いてしまう。
夜遅くの急ぎの場合には「影の使者システム」がある。
影の精霊が夜の間に配達してくれるそうで、夫は「これ、本当に便利なんだよ」と得意気に言うけれど、私はまだ一度も行ったことがない。
遅い時間は危ないからと、夫自ら行ってくれるからだ。
そんなことを考えながら半日かけて家に戻ると、夫の姿がない。
新婚の頃だったら、不安になって近所中探し回ったものだけれど、今ではそんなことはしない。
「ああ、また何か思いついてふらぁっと出かけたんだな」と思うだけだ。
せめて「出かけます」の一言くらい書き残してくれればいいのに、と思うけれど、夫にそんな期待はしていない。
物書きだというのに、仕事以外の文字は一切書かない人なのだ。
さて、夫が帰ってくるまで何をしていようか、そんなことをぼんやり考える。
ついこの間も、謎の綿毛まみれで帰ってきたことがあった。
少し前には、洞窟で眠り込んでしまい、洞窟の主である「オカカビト」という、キノコの体にふさふさの小さな手足が生えた生物に運んでもらって帰ってきた。
きゅきゅきゅと鳴く、家よりも少し大きいオカカビトの背中でよだれを垂らしながら眠る夫の姿には、思わず笑ってしまった。
「ほら、オカカビトが困ってるから起きて」と声をかけても、なかなか起きない。
オカカビトも優しい性格なのか、夫が起きるまで根気強く待ってくれる。
そんな光景、他人事ならほんわかするかもしれないけれど、他人事ではなく、これは我が夫なのだ。
思い出したら眉間にしわが寄ってきた。
今日は、そんな夫のために王宮から「差し入れ」と称した催促つきのケーキが届いている。
「少しは頑張ってくださいね」という意味合いがこめられているのだろう。
とりあえず、お茶を淹れて、このケーキをつまみながらのんびりと夫の帰りを待つとするか。
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