お掃除

 ここでの生活に、思っていた以上に早く馴染んできたのかもしれない──そんな気がしている。


 たとえば、朝。陽が昇りきる前のひんやりとした空気の中、家の外に干した洗濯物の間を、掃除精たちがふわふわと漂っているのをぼんやりと眺めているとき。

 さっきも部屋の中を漂いながら、夫が投げ捨てた書き損じの紙を拾い集めてくれていた。

 掃除精たちにとってはごく当たり前の作業らしいけど、なんとなく

「ありがとうございまーす」

 と元気よく声をかけると、精たちも嬉しそうにくるくると舞って、ふわりと外へ消えていった。


 夫は、今日もまた朝早くから「光を編む者」という職人を訪ねている。夜遅くに帰ってきた夫から、その職人の話をたっぷり聞かされた。


「影を材料に布を作るんだってさ。見たかい?そりゃあもうすごいもんだったよ」

「へえ、影で……布?」と曖昧に返事をすると、夫は私の顔もろくに見ず、子供のように話を続ける。

「影って、普通はただの影だろう?でも、あの人は光の当たり方を見極めて、その影を一つひとつ編み込んでいくんだ。なあ、信じられるかい?」

 私は適当に「ふうん」とか「そうなんだ」とか相槌を打つ。

 どこまでこちらの返事を求めているのか、そもそも聞かれているのかもよくわからない。


 そんなふうに、夫の背中をぼんやり眺めながら、異世界の不思議な日常が少しずつ私のなかに染み込んでゆくのを感じる。


 それでも、時折ふと「遊びに行きたいな」なんて彼が言うと、「どこに行こうか?」と聞き返してみる。

 返ってくるのはいつも決まって「いや、そんな暇ないよ、忙しいんだから」だ。


 わかっている。それでも、だからこそ意地悪に聞いてみる。

 気づけば、こんな日々が、私の日常になっている。

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