買い物

 夫に何かを頼むと、すんなり行った試しがない。


 たとえば、森の香りを移すと言われる「霧草の粉」や、夜明けの光を集めたような「暁の実」なんかを頼んでみる。

 異世界ならではの物とはいえ、どちらも近くの市場で手に入るごく日常的な品だ。

 でも、夫がうまく買ってきた試しがない。

 たとえ頼んだものがほとんど揃っていても、必ず一つは何かが足りない。


 袋の中をのぞき、「あれ、肝心の霧草の粉は?」と聞くと、「ああ、忘れた」なんて、悪びれた様子もなくのんきに笑っている。

 私はそれに少しあきれながらも、次は何が抜けているだろうと逆に楽しんでいるところがある。

 我ながらおかしな楽しみ方だなと自覚はしている。


 たまに、買い物が冒険になることもある。

 なんでも、道中で不思議な光を見つけて追いかけたら、気づけば見知らぬ村で我に返ったというのだ。

 最初は「そんなバカな」と驚いていたものの、結婚して半年もすれば、そうした心配もだんだん薄れてきた。

「帰ってこないならこないで、そのうち帰るだろう」と私も思うようになってしまったのだ。

 結婚生活も十数年、慣れというのは本当に怖いのである。


 きっと次に頼んでも、また何かが足りないか、あるいは新しい大冒険に出てしまうんだろう。


 でも、不思議と、「今度はどんな話をしてくれるか」──それがちょっと楽しみになっているのだ。

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