おっとっと

 夫が王宮と打ち合わせをしている。

「次に物語にする伝承はどれにするか」という相談だそうで、ここから数日かけてじっくり決めていくらしい。

 とはいえ、ここは辺境の村だから、王宮の人がわざわざ来ているわけではない。

 打ち合わせは「光の石」という、いわゆるこの世界の通信手段を使って行われている。

 元いた世界で言うところのリモート会議だ。


 この「光の石」は非常に便利で、文字だけでなく音声も映像も相手に送ることができる。

 だから夫がこれを使い始めると、私はできるだけ声を出さないようにして、隅で静かに本を読んでいる。


 ちらりと横目で様子を見ると、夫の周りには何人もの偉そうな人たち──私のイメージしていた異世界の王族そのままの恰好をした人々──の映像が、淡い光の輪郭と共に浮かび上がっている。

 夫はというと、少し照れ臭いからと、どうやら自分の映像は相手に映らないように設定しているらしい。


 困るのは夫がこの、いわゆるリモート会議を始めるときに、私に何の知らせもなくいきなり始めてしまうことだ。


 そもそも、会議があるなんて一言も教えてくれないのだから、知らない私は、うっかり話しかけてしまう。

 気がついたときにはもう王宮の人々の映像がふわりと浮かんでいて、

「おっとっと……」と、私も思わずその場で言葉を飲み込む。


 そんな「おっとっと」は、実は何度も経験済みだ。

 急に夫が静かに「光の石」を取り出し、会議を始める。

 これが本当に、何の前触れもなく始めだすのである。

 私は、夫に何か話しかけたその直後に、王宮の人々の映像がふわっと浮かんで、今日は会議だったのかと気づくわけだ。


 夫は一切気にする素振りも見せず、ただやんわりと笑うだけ。

「会議中だよ」なんて注意もなく、穏やかな顔をしている。

 私はというと、「ぐぬぬぬ」と内心ひどく悔しく、どうにも恥ずかしさでいっぱいになる。


 毎朝、夫に「今日の予定は?」と確認するようにしているけれど、それでも不意を突かれるから、どうにもこうにも困ったものである。

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