甘いものがあれば大丈夫
家に帰ってから、あの花のことがどうしても頭から離れなかった。
見知った花が異世界に咲いているなんて、ただの偶然じゃ片付けられない気がして、つい、「元の世界に帰る方法」を探してみることにした。
……結果は、案の定まったく見つからなかった。
「どうしてこんなことになるのかしら」と呟いてみても、当然、何の答えも返ってこない。
本棚を引っ張り出しても、夫の伝承メモをのぞいても、元の世界に帰る魔法や方法なんて、影も形もない。
途中で夫が「何してるの?」と顔を出してきたから、
「ちょっと好奇心で調べ物をね」と答えると、
「へえ、何か面白いこと見つかった?」なんて聞いてくるものだから、
「全然!」と軽く肩をすくめておいた。
それにしても、このままだと胸の中に残ったもやもやが消えない。
ふうっと息を吐いて、私はとっておきの解決策を思いついた。
こんなときは、甘いものだ。そう、あのお菓子を買いに行こう!
あれは、私がこの世界に来てすぐ、夫が市場で買ってきてくれた初めてのお菓子だった。
形は不格好で、ところどころ焦げていたけれど、一口食べたらふんわり甘くて、妙に安心したのを覚えている。
お菓子をくれた夫は得意げな顔をして「疲れてるかなと思って」と言ったけれど、たぶん、彼自身もどうやって私を元気づけたらいいのかわからなかったんだろう。
その不器用な優しさが、なんだか可笑しくて、そして嬉しくて、あのお菓子が私の「とりあえずの元気のもと」になったのだ。
市場に向かう道は、相変わらず賑やかだ。
子どもたちが妖精を追いかけて走り回っている横で、いつものパン屋さんの親父が大声で客を呼んでいる。
そんな中を抜けて、目指すお菓子屋さんの前に着いた。
「あら、いらっしゃい。今日は何にする?」と店主の奥さんが笑顔で迎えてくれる。
「いつものアレを」と答えると、奥さんは「ああ、あのお菓子ね」と、すぐに包んでくれた。
家に帰って、ひとりでお茶を淹れて、お菓子をひとつ口に放り込む。
うん、この甘さ。あの頃と変わらない。
さっきまでのもやもやが、少しずつ溶けていくような気がする。
結局のところ、元の世界に帰る方法なんて見つからないけれど、まあ、それもいいか。
だって、この世界には、こんなに美味しいお菓子があるんだから。
しばらくはこの甘さに癒されながら、ぼちぼちこの世界での毎日を楽しんでいこうと思う。
ー完ー
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