ここにいたのは誰?

 夫の仕事に同行して、伝承を調べる旅に出た時のことだ。


 夫がいつものように、村の人たちに真剣な顔で聞き込みを始めた。

 私はというと、その場に居続けると話がだんだん専門的になって、どうしても頭がぼんやりしてしまうのが常だった。

 だから今回も、「ちょっと周りを見てくるね」と軽く手を振って、こっそり退散することにした。

 本当に役に立ててるのかは謎だけど、まあ、私なりの「手伝い」ということで。


 今回も、「ちょっと周りを見てくるね」と言ってその場を離れた。

 向かったのは村の奥、少し歩いた先にあるという小さな遺跡。

 地元の子どもたちが「あそこには『異界の人』が住んでたって話があるよ!」と、妙に得意げに教えてくれたのだ。


 異界の人――つまり、私みたいに異世界から来たと言われる人のことだろうか?

 ちょっと気になって足を向けた。


 その遺跡は草むらに埋もれるようにひっそり佇んでいた。

 村人たちが「柱の形がちょっと変わっているのよ」と言っていた柱は、どこかで見たことがあるようなデザインだった。

 でも、すぐには思い出せなくて、じっと見つめているうちに、ふと気づく。

「あれ、これ、鳥居に似てる……?」


 そう、元の世界の神社にあった、あの鳥居の形。

 まさかね、と思いながらも、柱の前で思わず立ち尽くしてしまった。

 何だか胸がざわざわしてくる。


 偶然?それとも何か関係があるの?


 ふと足元に目をやると、この世界では見たことがない花が咲いていた。

 いや、これは……私にはよく見知った花だ。

 元の世界で、庭に植えていた、あの花なのだ。


「え、なんでここにこの花が…?」


 思わず口に出してみたけれど、当然答えなんて返ってこない。

 ただの偶然かもしれない。

 でも、ここに来たときからなんとなく感じていた胸の違和感が、急に輪郭を持ち始めた気がする。


 そんな私を現実に引き戻したのは、夫の声だ。


「おーい、どこ行ったー!」


 遠くから私を探す声が聞こえる。

 振り返って手を振ると、夫が小走りでやってきた。

「何か見つけた?」と聞くその顔は、まるで自分が何もかも解き明かしたかのような得意げな表情だ。


「うん、ちょっと面白いものをね」と答えながら、足元の花を指差す。

 夫は「へえ、こんな花もあるんだ」と、興味深そうに見つめている。


 その横顔を見ながら、「もしかして、私の来た世界とこの世界、意外と近いのかもしれないな」と、ぼんやりと思った。


 でも、どうせ夫にはこの胸のざわめきなんて伝わらないだろう。

「まあ、いっか」とひとり苦笑して、彼が夢中で柱を調べ始めるのをぼんやりと眺めていた。

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