護衛つきで、冒険気分
今回の取材は、少しばかり物々しい雰囲気だ。
王宮から護衛の兵士まで派遣されるというのだから、これまでとはわけが違う。
どうやら、この「忘れ森」の伝承がよほど危険とされているらしい。
王宮としても、伝承編纂師が帰ってこないと困るのだろう――と、ひしひしと事態の深刻さを感じる私の隣で、当の夫はというと、護衛の兵士たちを見て、なんだか楽しそうににこにこしている。
「王宮が僕らのことをここまで気にかけてくれるなんて、めったにないことだね。これで安心だ」と、まるで遠足にでも出かけるような軽い口調で夫は言う。
そんな呑気な彼の言葉に、私の緊張はまるで解けない。
たどり着くまでに城下町まで数日、その後も1週間以上はかかるという長旅なのだから、護衛がついていようと、安心とは程遠い気分だ。
道中、夫はすっかり「冒険気分」らしく、護衛の兵士たちと楽しげに話し込んでいる。
伝承に出てくる「呼び声」の話をすると、兵士たちも神妙な顔で耳を傾けるが、夫ひとりが妙に無邪気で笑っている。
「忘れ森に入ると、聞こえてくる呼び声には決して答えてはならない――さもなくば、道を失い、記憶までも奪われる」というのがこの森の伝承だそうだ。
私はその話を聞いて一層ひやひやしてきたが、夫は「呼び声なんかに答えるわけがないさ」と、あっけらかんと笑う。
ほんの少しほっとしたけれど、なんといっても夫のことだ。なんだか心配になってしまう。
森の入口に差し掛かったとき、夫が私に手を差し出して「忘れないで、もし呼び声が聞こえてもお互いの名前を呼び合えば大丈夫」と微笑んでくれる。
その言葉で少し不安が和らぎ、私はその手を握り返した。
護衛の兵士たちに守られつつ、私たちは森の奥へとゆっくり進んでいく。
森は静かで、風の音が葉を揺らすたびにひそひそと囁くようで、ふと胸騒ぎがよぎる。
「無事に森を抜けて戻れるだろうか……」と、つい口元が引き締まる。
ふと前を見れば、夫はやはり園児のように気楽な足取りで歩いている。
その背中を見て、なんだかおかしくなり、私は思わず苦笑いがこぼれてしまった。
まったくもって、緊張感のない夫だ。
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