続・護衛つきで、冒険気分

 さてさて、森に入ってみたものの、どうにも普通の森で、話に聞いたような怖さなんてまるでない。

 護衛の兵士たちは真剣な顔つきで周囲を警戒しているけれど、私にはずいぶんと穏やかな空気に思える。

 そう思うと緊張も抜け、足元で枝を踏むたびに「おっと」と小声でつぶやいてしまう。

 そんな私をよそに、夫はといえば、まるで冒険を楽しむ子どものように、あっちにふらふら、こっちにふらふら。

 全くもって、こちらの心配なんておかまいなしだ。


 しばらく進むと、視界が急に開けた。そこには、噂に聞く「思い出の泉」が静かに現れているじゃないか。

 思わず「えっ、もう?」と息をのんでしまった。

 たどり着くのがあまりにも早すぎて、正直ひょうしぬけというか、何というか。


 泉は、それはそれは美しく、表面はほのかに輝いている。

 見入ってしまいそうな気配を感じながらも、私は慌てて夫の言葉を思い出し、心の中で自分の名前や故郷をしっかりと念じ続ける。

 どうにかして泉に引き寄せられないように気を引き締めていると、ふと周りを見渡して、夫も護衛の兵士たちも無事そうに立っているのを見てほっとした。


 その時、夫がぽつりと「うーん、声なんて何にも聞こえないなあ」とつぶやいたものだから、私もつい吹き出してしまった。

 これもしかしたら、「泉が綺麗すぎて、見ると引き込まれそうになるから気をつけなさい」っていう、ただの親切な話だったんじゃないかしら?と思う。

 夫も兵士たちも似たことを考えたのか、みんなで顔を見合わせて「…伝承はあったことにしておきましょう」という空気になったのが可笑しかった。


 それから、森を後にして出口へ向かい始めると、森の静かな空気もいつの間にか馴染んできて、特に何も引き留められることなく私たちは無事に抜け出すことができた。

 ほっとした私の耳に、夫の「この近く、七色の温泉が湧く有名な街があるらしいよ。観光していく?」という声が響く。


 兵士たちもすっかり乗り気になっていて、温泉街行きはすぐに決定。

 私も肩の力を抜いて、もう一度森を振り返りながら「今回は何もなかったけど、まぁ、危ない時があっても夫はこんなふうに楽しむんだろうなぁ」と微笑んでしまう。


 それはさておき、温泉だ!七色の湯を全制覇しようじゃないか。

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