献立

 異世界に来て一番困ったことは何?と聞かれれば、私は真っ先に「毎日の献立!」と胸を張って答えるだろう。


 夫の好みが、これまたなんとも難しい。

 異世界の食材に慣れるだけでも頭を悩ませるのに、さらに夫の微妙な好みが加わるとなると、何を作ればいいのか、さっぱりわからなくなる。


 近所の人たちにいろいろとレシピを聞いて、慣れない台所でせっせと料理に励んだ新婚時代。

「どんなものが好きですか?」と聞いてみれば、「なんでも食べるよ」とのんびり答える夫。

 確かに、彼はなんでも食べる。辛いものも、甘いものも、酸っぱいものも、どれもぺろりと平らげてくれる。

 でも、どうも心底満足しているようには見えない。

 私が異世界から来てるから味覚の違いを気にしているのかと疑ったけれど、あの顔は…いや、やっぱり満足していない顔だと思う。


 そんな日々が続いたある日、とうとう夫の「一番の好み」を見つけた。

 それは、城下町の冒険者の酒場で親父さんが出すスープだった。

 無心でおかわりを繰り返す夫の姿に「これだ!」と確信し、親父さんにお願いしてレシピを教えてもらった。

 材料も村で手に入るものばかり。これならやっと夫に喜んでもらえると、私は意気込んで帰り、作ってみたのだ。


 けれども、これがまた、うまくいかない。

 夫は完食こそするものの、満足げというわけでもなく「うん、あの酒場の味そっくりだね」と言って、おかわりもせずにさっさと仕事に戻ってしまったのだ。

 ぐぬぬぬ、なぜだ?と私も一口食べてみる。うん、確かにこの味。酒場で食べたあの味とまったく同じだと思うのだけれど、夫には何かが違うらしい。


 まあ、いいか。きっとこれからも献立には悩むだろうし、夫がおかわりを何度もしてくれるような味に近づくには、まだまだ時間がかかるのかもしれない。それでも、毎日のご飯を考えたり、ああでもない、こうでもないと試行錯誤するのも、こうして夫と暮らす日々の楽しみのひとつなのだと思う。


 今日は少し肩の力を抜いて、また夫が無心でおかわりしてくれるようなレシピを探してみよう、そんなふうに思っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る