かくいう……
かく言う私も、実はこの世界に伝わる「伝承」のひとつだった。
異界へと続くと噂される、海沿いの洞窟。
この村では古くから「異界来訪の洞窟」として知られていて、干潮の夜には向こうの世界から人がやってくるのだと語り継がれているらしい。
その伝承を聞きつけた夫が「これは一大事だ!」と、目を輝かせて取材にやって来たのだという。
そして、彼の目論見どおりに「異界からの訪問者」との出会いが実現したわけだ。
洞窟で私を見つけた夫は、まるで珍しい宝石でも見つけたかのように目をキラキラと輝かせ、勢いよくこちらに近づいてきた。
私といえば、見慣れない服装をした人間がいきなり現れて、「ここ、夢?」と頭が真っ白になったけれど、どうやらこれが現実らしい。
どうにか「こんにちは」と始めた会話も、さっそく名前の紹介でつまずくことに。
夫の名前がどうにも発音しづらく、覚えようとすればするほど言いづらい。
向こうも同じように私の名前の発音に困ったらしく、結局、二人して「まぁ、これでいいか!」と呼びやすいように短縮して、なんとか名前を交換した。
それからというもの、夫が「こっちこっち」と手を引いて案内してくれるままに、異界の村へたどり着いてみれば、村の人たちが笑顔で迎えてくれた。
まるで誰かが時々やって来るのが当たり前のような雰囲気で、古老たちにまで手を振られて、妙な安心感さえ覚えてしまったのだった。
気がつけば、そのままこの世界に根を下ろし、いつの間にか夫と結婚。
今では伝承集めの手伝いをしながら、のんびりと暮らしている。
あの洞窟で初めて出会った瞬間を思い出すと、時折ひとりで微笑んでしまうことがある。
「まさかこんなふうになるなんて」、あの時の私は想像もしていなかったけれど、悪くない日々だなと思う。
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