りんごにしか見えない

 わが家には地下室がある。

 今じゃ使わなくなったものや、季節の変わり目にしか登場しないものがごちゃごちゃと詰まっていて、整理するたびに「あ、こんなのまだあったんだ」と、宝探しみたいな気分になる。

 今日はその棚をせっせと整理していたら、私がこの世界に来たばかりの頃に書いたメモが出てきた。


 中を開いてみると、夫の名前の発音の練習の記録や、この世界で食べていいものと絶対にダメなものの区別、年中行事の覚え書き、そして夫の仕事についてのメモがびっしり。

 何もかもが新鮮で、ただひたすら必死に書き留めたんだなあ、と思うと、なんだか自分でも少し笑ってしまう。


 それに、当時の私が一生懸命書き込んだレシピのノートも一緒に出てきた。

 異世界の見慣れない食材と格闘した日々の記録だ。

 そういえば、元の世界の野菜に似ていると思って買ったものが、実は激辛で、夫と二人で「ひゃあ!」と叫びながら泣いて食べたことがあったっけ。

 今となっては笑い話だけれど、あのときは本当に驚いたし、異世界の食材の奥深さにめまいがしたものだ。


 この世界に来たばかりの私はまだ20代で、右も左もわからず、不安でいっぱいだった。

 あれからずいぶん時間が経って、今ではその必死さも少し和らぎ、日々の暮らしが自然に感じられるようになった。


 とはいえ、まだまだ発音が難しい名前もたくさんあるし、市場に行くと見たこともない食材が堂々と並んでいる。

 妖精なんて、まだいったい何種類いるのさ?と驚かされることばかり。

 それでも、最近ではメモ帳にイラストを描き込む余裕ができて、ああ、私も成長したなあと、なんだかしみじみする。


 だけど、いまだに不慣れなことや不便なことはあるけど、この世界での日々を心から楽しんでいる自分がいる。

 それが、当たり前になっているんだなぁと、なんだか嬉しい気持ちになってきた。

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