鉄板が恋しい
異世界に来たばかりの頃は、「ああ、自分もついに異世界転生!」なんて、ほんの少しだけ心が躍っていたのだ。
元の世界でも、そういう話を読むのが好きで、自分でも物語を書いてみようかなと、投稿サイトにあれこれ書いたこともあったから。
でも、いざ本当に異世界に来てみたら、いやまあ、すぐにわかってしまった。
――平凡な私は、元の世界でも異世界でも、特別なことなんて何ひとつできないんだなって。
その現実を突きつけられたときは、さすがに少しショックだった。
「異世界なんだから、きっと何か劇的なことが起こるんじゃないか」って、内心わくわくしていた自分が、どこか馬鹿らしく思えた。
でも、最近は「まあ、これもまた人生よね」と、不思議と納得してしまっている。
私は昔から器用じゃないし、何かすごいことを成し遂げるなんて、もともと無理な話なのだろう。
だけど、その中で一番こたえたのは、元の世界で好きだった料理を再現できなかったことだ。
特に、お好み焼き。
あれだけはどうしても、夫に食べさせてあげたかった。
新婚当初、意気揚々と夫と市場に出かけて、「さあ、今夜はお好み焼きよ!」なんて鼻息荒く食材を探し始めたのだ。
今振り返れば、あの頃の自分に「無謀だね」と突っ込みを入れたいくらい、思い通りにはいかないものだったけど。
市場を隅から隅まで探しても、見つかったのは異世界の小麦粉だけ。
青のりも鰹節もどこにもなくて、代わりになるようなものも見つからない。
なんとか「ソース?」っぽいものは見つけたけれど、どう見てもコレジャナイ感じで、あれこれ妥協しようとしたけれど限界が来て、ついには市場のど真ん中で涙がぽろぽろとこぼれてしまった。
そんな私に気づいた夫が、そっと甘い飴を差し出してくれた。
子ども向けのお菓子で、甘くて、ほんのり香る味が口の中に広がった。
そのときは泣き顔のまま「なにこれ」と思ったけれど、今になって思えば、あの頃の自分は若かったんだなあ、と、少し頬がゆるんでしまう。
あれから十数年たったけれど、お好み焼きの再現だけはどうしても諦めきれない。
いつか夫に食べさせてあげたい。
そのために、今でも市場に行くたび、どこかにそれっぽい食材がないか、ちょこちょこと探している。
もしかしたら、この先見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。
でも、見つかったらどんなに嬉しいだろう、そう思いながら今日も市場を覗く私がいる。
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