普通だけど、まあ、いいか
夫が、伝承の映像化が終わったとかで、城下町で編纂師仲間たちと打ち上げをするらしい。
朝からそわそわと準備して、「君もおいでよ」なんて気軽に誘ってくるけれど、こっちはまったく気乗りしない。
私の顔を見て、夫が「他の編纂師の奥さんたちも来るし、大丈夫だよ」とさらりと言うけれど、それを聞いても私の緊張が消えるわけもなく。
だって、その「奥さま方」が、とにかくまぶしい人たちばかりなのだ。
音楽家として舞台に立つ方や、夫婦で編纂師として王宮に仕える方もいて、みんなキラキラとして、自信に満ちていて。
そんな彼女たちの隣に並んだら、何もない私の平凡さがさらに際立ってしまいそうで、どうしても気が引ける。
元の世界でも、レジ打ちや接客業くらいしか経験がなくて、こちらに来てからも夫の仕事を手伝うのが精いっぱい。
特別な取り柄もなく、夫に言わせれば「ただそこにいるだけでいい」ってことらしいけれど、そう言われるとなんとなく心はちくりとするのだ。
結局、「あなたひとりで行って楽しんできてね」と笑顔で送り出すと、夫は「そっか、じゃあ行ってくるね」とあっさりと馬車に乗り込んで、ぱっぱと出かけてしまった。
馬車が見えなくなるまで手を振っていると、なんだかふうっと小さなため息が出る。
さて、こうなれば自分の好きなように過ごすとしよう。
まずは、いつもの村のパン屋さんで、黒麦パンを買ってくる。
香ばしい「ルグリ草」の粉がたっぷり練り込まれていて、表面はかりっとしていて中はしっとり、私のいちばんのお気に入り。
これに、簡単なスープを作って食べよう。
それから、お気に入りの本を読みながら、静かにゆっくりとした夜を過ごすのだ。
夫の打ち上げはきっと賑やかで、華やかで、私とは違う世界。
でも、この黒麦パンをほおばって、スープをすすりながら、読みたかった本をめくる静かな時間は、私にとってとても心地よい。
特別じゃなくても、華やかじゃなくても、こういう夜が私には合っているみたいだと、しみじみと思う。
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