もやもや

 異世界に来てから、なんだか愚痴を言う相手がいない。

 だってこの村に、伝承編纂師の夫を持っている人なんて、私以外にいないんだから。


 夫の仕事がちょっと変わったものだってことは、もちろんわかっている。けれど、まさかここまで周りに同じ職の人がいないとは思ってもみなかった。


 この村で一番多い職業は「妖精整理人」。

 農業をしている人もいるけれど、それはどちらかといえば副業らしく、妖精整理がメインらしい。

 市場や村のあちこちにあふれる小さな妖精たちを、声かけと誘導で集め、妖精たち専用のスポットまで連れていく仕事だという。


 こうして「らしい」とか「だという」なんて、ぼんやりした言い方しかできないのは、正直なところ、いまだにその仕事がどういうものなのか、私にはよくわからないからだ。


 妖精は日の出とともに活動を始め、日の入りとともに活動をやめる。

 だから妖精整理人の仕事も、朝から夕方まで、天気がどうであろうと続くらしい。

 一度だけ私も手伝ってみたことがあるけれど、妖精たちはふわふわと空を漂って、ご近所さんたちに捕まってはまたふらりと離れていく。

 気まぐれな妖精をひとところに集めておくのがどれだけ大変か、そのときになってようやくわかった。


 まず、これ、いったいいつ休めばいいのか?と思った。

 しかも妖精って、捕まえたと思っても手ごたえがないから、ふらふら、よたよたと動いてはどこかへ行ってしまう。

 そんな私を見て、ご近所さんたちが笑いをこらえているのがわかる。

「いやいや、慣れている人には笑いごとかもしれないけれど、こちらは必死なんだから」と思いつつ、今度は少しでもコツをつかんでから手伝いに出よう、とその日はこっそり逃げ帰った。


 おっと、話がそれてしまった。

 つまり、私はただ愚痴を聞いてくれる相手がほしいだけなのだ。

 夫のことをこぼしたい相手がいない。


 城下町には伝承編纂師も何人かいるらしい。

 きっとそういう人たちの奥さんたちがいるのだろう。

 いれば愚痴のひとつも言い合えるに違いない。

 だけど、町までは馬車で三日。行くとなるとそれなりの覚悟がいる。

 結局、心の中で愚痴がどんどん積もっていくばかりだ。


 夫は仕事の報酬を2か月に一度もらうのだけれど、何度ももらい忘れて帰ってくるし、せっかく集めた伝承の資料も、家のどこかで見失ってしまう。

 私としてはせめて片隅に置いてくれればいいものを、どうやらその辺にぽんと放置してしまうらしい。

 おかげで、掃除妖精がそれをゴミと勘違いしてどこかへ持っていってしまうこともある。

 もう少し気をつけてくれれば助かるのだけれど、それも期待するだけ無駄なようで。


 そんな日常が何度繰り返されても、夫はあいかわらず淡々と背中を向け、静かに仕事をしている。

 その背中を見ながら、私は今日もまた心の中で小さく愚痴をこぼしているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る