次なる調査団
新しくコトが起こったのはそれからさらに十日ほどが経った時だった。
前の事件があってから今までの間に私の冒険者ランクは、討伐した魔物の件もあって特例扱いでDランクに上げられていたが、前回のような祝いのムードは欠片もなかった。まぁ、今の町にはそんなことをする余裕はない。時間が経って多少は緩んだとは言え、それでもまだどこかピリピリとした緊張感が町全体を薄霧のように包み込んでいた。私が早々にDランクに上げられたのも、使える戦力を増やそうと考えてのことだったのかもしれない。
昼過ぎ。
その日は特に用事もなく、アパートでロレットとくつろいでいる時にノックの音がした。はいはーい、とロレットが返事を返す。いつもの通り兄であるリストの来訪とでも思ったのだろう。不用意に扉を開けたのだが、そこにいた相手は全く予想になかったようで、彼女は驚いたような表情を見せた。
「突然で悪いな」
部屋の中まで聞こえてきた声に私もピクリと反応する。
「その……何のご用でしょうか?」
「キョウカはいるか? ここであんたと暮らしてるってリストから聞いたんだが」
「えっと、キョウカ?」
ロレットが私の方に視線を向けてくる。私は小さく頷いて立ち上がった。
「入っていただいて」
それにロレットが身体をよけて、声の主……ギルドマスターが姿を見せた。もちろんここを訪ねてくることなんて初めてのことである。
「わざわざどういったご用件でしょうか? どうぞ、そちらの椅子に」
「あ! あたし、お茶入れるね」
パタパタとロレットがキッチンへと向かう。
「マスターさん、紅茶で良いですか? そんな高いのじゃなくて安物ですけど……」
「いや、いい。ロレット、気を遣うな」
そんなロレットにマスターが笑って止めた。
「別に長居をするつもりじゃない。と言うか単にキョウカを呼びに来ただけでな」
「私を呼びに来た?」
「ああ。実は今朝がた、領主町から新たな騎士さまの一行がみえたんだ。名前を確かリリーラといったと思う」
リリーラ。それはあのチビデブが言っていた名前に合致する。前回の案件は確か彼女の元にいくはずだったものをあいつが横取りしたということだったと思う。
「とにかくギルドの方に来てくれないか? 直接話を聞きたいらしい」
そう言ったマスターの表情はこの前のチビデブが来た時とは随分と違っていた。なるほど、今度の騎士さまは立派な人物のようだ。
ロレットはどうするかと思ったが、マスターが軽く目で制した。ついてこられると困ると言うよりかは彼女を巻き込みたくないという意思があったように思う。未だに怪物の正体も目的も不明。わざわざ危険に巻き込むような必要もない。そう思ったのだろう。
「でも、直々にマスターがいらっしゃらなくても……。使いを寄こしてくれればこちらからうかがいましたのに」
「その辺は俺自身も実はよくわからないんだ」
道すがら、マスターは軽く首をひねった。
「今回の騎士さまはその場にいた全員から話を聞くつもりらしく、他の人間のところにはあんたの言うようにギルドに来るよう使いをやったんだが……あんたにはどうしても俺から伝えた方が良い気がしてな」
「私がフィノイ村の生き残りだからですか?」
「かもしれん。が、正直わからん」
それは昔に名うての冒険者だったからこその嗅覚かもしれない。自分でも意識していないレベルで私を普通の冒険者……ひいては人間とは違うと感じている。
可能性は低いが、そういった可能性もある。だとしたらマスターもこのまま放っておくのはマズいのだろうか、などと考える。
「まぁ、とにかく今回の騎士さまはこの前のとは全くの別ものだ。魔法使いの一家に生まれた才女らしくてな。兵学校も首席で卒業して騎士の称号をもらい、今は魔法騎士としてこの近辺の治安維持を任されているそうだ」
「魔法騎士……ただの騎士さまとは違うのですよね?」
「ああ。剣技に長けているのはもちろんのこと、高度な魔法も巧みに操ることが出来る。一握りの存在だ。俺もちょいとした魔法が使えるが、だからこそその称号の凄さもわかる」
「冒険者のランクで言ったらどの程度なのでしょう?」
私が問うと、マスターは少しいぶかしむような目をした。慌てて「いえ、田舎村の育ちで、何分こういったことにはうといものですから」と付け加えた。少し不用意な質問だったと反省するが、大して疑問に思わなかったようでマスターは「そうだな……」と少し考えるようにしてから、
「低く見積もってもBランクの上級は間違いないだろう。妥当なレベルで言えばAランク。あの若さで治安維持を任されていることを考えたら、その上層に片手をかけているかもしれないな」
「つまり、冒険者だった頃のマスターと同程度と?」
「まぁ、単にランクで言えばな。が、人間の強い弱いってのはそう単純なもんでもない。そういうのは、俺はここで決まると思っている」
そういって胸を叩き、おそらくは心がどうのと言いたいだろうマスターに「……かもしれませんね」と小さく笑いをもらした。それをマスターがどうとらえたかはわからない。ただ、心の強さ弱さなんてものを考えたところで何になるのだろうかと単に思っただけだった。
人間だった頃の私の心が強かったのか弱かったのかはしれない。が、そんなものは結局関係がなかった。
レイプは心の殺人という。だとしたら、私は人間として身も心も殺されたのだ。ただ単に、強い力の前に私は完全に屈服させられた。それだけだ。
そして、今はその真逆の立場にいて、全く同じことをしていると言って良い。人間のことを大概のものだと思っているが、私も同じ穴のムジナだろう。
「まぁ、要するに前回来たヤツとは存在そのものが違うってことは確かだよ」
私の妙な雰囲気を察したのかマスターは少し軽口を叩くような調子で言った。
「そう言えば、今回いらっしゃった魔法騎士さまはこの周辺の治安維持を任されているのですよね? となれば、今回の方こそが本命と見ていいのでしょうか?」
「だろうな。前にも言ったと思うが、領主さまは最初はそこまで深刻に考えていなかった節がある。自分の息子に功績をつけさせたかったというのもあるんだろう。だが、その結果があれだ」
「ということは領主さまも本気になられたのですね」
「私怨な印象が強いが、本気になったというのは確かなはずだ。連れていた二十名ほどの兵も前回と違って選りすぐりの連中に見えた。まぁ私怨だろうとなんだろうと結果オーライだ。今のところ目立った被害が出てないのは幸いだが……例の魔族が言ったという言葉がどうにも俺には引っかかる」
「人間にこの世界を治める資格はない、ですか?」
「ああ。そいつがもし魔族の親玉なら人間に対する宣戦布告だろう? 今まさに魔族の兵団を構成しているっていう可能性もある」
それに私は何も答えずにただうつむいた。
実のところ、今の私はこれと言って特に何かしようとは考えていなかった。
『人間にこの世界を治める資格はない』
確かに今もそうは思っている。けれど、あの時はあのチビデブのあまりの醜さが我慢ならなかったというのもある。
こうして冒険者として人間の世界に潜り込んだ以上、まだまだ遊び足りないというのはあるから、冒険者としてもう少し様子を見るつもりではいた。しかし、だからと言ってこれ以上人間を挑発するようなことを起こす必要もない。
母から小言をもらってそう日も経ってない。同じようなことをすれば母がどう考えるかはわからない。少なくとも、今の私がゾクリとするような気配を覚えたのは母だけだ。そういう意味では私は人間よりも母を恐れるべきだろう。
「………………」
人間があれこれと調査したところで特に何がわかるわけもない。どうせ二週間かそこらもすればこれといった成果もあげられないまま帰るだろう。その間大人しくしていればいいだけの話だ。
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