ウルフ討伐

 受けた依頼は近くの森のウルフ討伐だった。

 ウルフは少々凶暴な動物ではあるが魔族……つまりは魔物ではないらしい。その点同族殺しにはならずに私はほっと息をついた。別にその辺の感情が割り切れないわけじゃないが、流石に最初から同族殺しは少しやりにくいものがある。

 ウルフ討伐はパーティであることが推奨されている。しかし、最低ランクでも受けられるからそう強い動物でもないのだろう。彼らからしてみれば少し楽なものだったはずだ。まぁ、相性を見たいから、依頼自体は難しくないものを選んだ、といったあたりが事の次第かもしれない。


「でも、本当に良いの、こんなちんけなパーティの一員なんかで?」

「ロレット、まだ言うか」


 とリストが少し辟易した感じに言った。


「キョウカさんが良いって言ってくれたんだ。俺らとしちゃ願ったり叶ったりじゃないか」

「そうですね。私も人見知りで……その、パーティーとかどうしようかって考えていた時に声をかけてもらえたんで、実は助かったと思ったんですよ」

「そうなの?」

「村ではあまり仲の良い友達もいませんでしたから」


 ふーん、とロレットがその大きなネコ目をぱちくりとさせて私を見る。

 決して王道的な美形ではないが、愛嬌は十分だ。と、すぐにそちらに思考が行きそうな自分に心の中で苦笑しながらかぶりを振った。この間の村のようなあっけのない遊びにしてしまうのはもったいない。

 森の少し深くに入っていくと僅かに気配を感じた。他のメンバーはまだ感じていないようだ。自分が魔族だからか、そもそものレベルが違うからか……まぁ、それはわからない。

 ここで変に注意を促してもおかしく思われるだろうと放っておくと、少ししてからウルフの方からなわばりの侵入者に対して迎撃しようと出てきた。が、迎撃に出てきたはずの彼らはいささか戸惑っている様子だった。


「……おかしいな、いつものこいつららしくない」

「そうなんですか?」

「ああ。いつもだったら我先にと何も考えずに喰いついてくるようなやつらなんだが……今日はやけに慎重になってる感じがする」


 メレデリックが言うがそれは的を射ていただろう。

 元よりこういった野生動物はだらけきった人間よりも力を測る能力がはるかに長けている。おそらく私の根本的な力を薄々とでも感じ取っているはずだ。実際、私がその気になればこの場で目の前のウルフ連中を従わせることも出来るのだろう。もっとも、それをやったところで何の意味もない。動物、魔物使いといったような職業があればそういった方面でも十分に活用出来たのに、なんて少し惜しく思う。


「相手が何を考えているのかはわかりませんが、こうしていてもらちがあきません」


 奇妙な膠着状態の中、先手を打って私がいくつもの氷柱を生成し放った。


「貫け!」


 ウルフたちはまだ戸惑っているままだったが、戦いの火ぶたが切って落とされたらパーティーのメンバーにその違和感は感じ取れないに違いない。

 彼らはそれぞれ持てる力をふるって目の前のウルフたちに向けていく。私もそれに後れをとらない程度に妖術――魔法を放ち、着実に数を減らしくいく。攻撃魔法は大したことがない、というのがそれまでの私の自分の魔法に対しての判断だったが、私の放つ基本的な魔法は十分なくらいに通用した。この辺りも私は自己評価を間違えていたのかもしれない。

 戦いは終始優勢を越えて勝勢。

 結局ウルフは数を大きく数を減らして散り散りに森の奥へと逃げて行った。群れの全滅とまではいかなかったが、これだけの数を討伐出来れば案件としては十分だろう。


「すごいな! トライウィザード――いや、マルチウィザードか!?」


 戦いの後、リストが息を弾ませて私に駆け寄った。


「ええ、一応そのようです」

「度肝を抜かれるってのはこういうことを言うんだろうな」


 ため息ともなんともつかない息をメレデリックが吐いた。


「トライウィザードなら前にギルドに来たことがあったはずだが、マルチウィザードがこんな田舎に、それも俺たちのパーティにいるなんて何の冗談だ?」

「それに、戦いにも慣れているように見えた。ああいったのと戦うのは初めてじゃなかったのか?」

「似たようなことなら村で何度かやりましたが、本格的な討伐はこれが初めてです」

「だとしたら余程のセンスの良さだな」


 リストの表情が脱帽の一言に尽きるように見えた。


「ティルーデさんがかなりの有望株って言っていたが、かなりどころの騒ぎじゃない。少なくともうちの妹を十人集めてもかないっこない」

「ちょっと、お兄ちゃん!」

「冗談だよ、冗談」

「流石にマルチウィザードと比べられたらどんな冒険者だって見劣りしちまうってもんさ。なぁ?」


 そうメレデリックに話を振られロレットは顔をそむける。眉はハの字になっていた。今回の戦い、どうお世辞で取り繕おうと彼女より私の方が働きが大きかったのは一目瞭然だ。唐突にパーティに加わった優秀な新人。それに比べて……と考えたら心中穏やかに、とはいかないだろう。

 だからこそ、一段落ついて町へと戻り始めた中、とぼとぼといった様子で歩く彼女に並んで私はそっと言った。


「今度、少々時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「あたし?」

「ええ」


 前を進む二人に気づかれないように声をおさえる。


「町の案内をして欲しいんです。村から出てきたばかりで、まだ町のことも全然わからないので」

「そんなのお兄ちゃんたちに頼めば?」


 ぷいと顔を背けてロレットが投げやりに言う。


「優秀な新人さんだもん。きっと懇切丁寧に案内してくれるよ」

「いえ。ロレットさんが良いんです」


 はっきりと告げた口調に彼女は少し面食らったような表情を浮かべた。


「戦いの中、私たちが戦闘に全力を向けている間でも貴女は周囲に検知の魔法を展開してくれていました。貴女がご自身をどう評価しているのか私はわかりませんが、少なくともそういう気遣いが出来る優しい人だと私は思います。それとも、ご都合がつかないでしょうか?」


 その瞬間、目を魔族のものに戻した。私の目は魔眼。とは言っても人間をどうこうと好きに操れるような便利なものじゃない。けれど、少し背中を押す程度の効果はある。

 彼女は一瞬の間その目に取り憑かれたような表情をしたが、すぐに我に返って「……そういうことなら、わかった」と言葉を返してくれた。少なくとも彼女自身心の底から私を嫌っているというわけじゃなさそうだ。

 そうして、私の隠れた冒険者としての生活はスタートした。



 その夜。


「冒険者ギルドで動きがあるみたいです」


 城に戻り、月詠としてソフィーを犯した後、姿をクルルに変えて彼女の元を訪れた。


「今日、ちらっと聞いたんです。近い内に姫さまが襲った村のことで冒険者ギルドがここを特定して襲撃をしてくるかもしれないって」

「そうなの?」

「ええ。もしかしたら、その時に貴女や弟さんたちもここから出してあげられるかもしれません」


 それに彼女は明らかに喜びの色を表情に出した。


「そうだよね。あんなことがあったのに、冒険者のみんなが黙っているわけないもの」と嬉しそうに言った。

 実際は野盗の仕業だと片づけられ、ギルドはほとんど何も動いていないのに、そんな空想の情報に遊ばされる少女の姿は私を楽しませた。


「待っててください。私も何か協力出来ることがあったら協力しますから」

「でも、流石にそこまでやったら貴女も危ないんじゃ……」

「いえ……正直、姫さまの考えにはついていけないところがありますから。大丈夫。きっとなんとかなります。こういうのは暗いことばかり考えてちゃいけません」


 そう私は彼女を励ました。

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