発見された拠点
流石に二週間近く成果らしい成果が上がらないとなるとどこからか面倒な手紙が来るようだったが、それでもリリーラは焦りの色を見せたりはしなかった。
「焦って何かを見落としたり、ましてや犠牲が出てしまっては遅い。多少の叱責程度で済むのなら厭わないさ」
まだ三十前であるだろうにそう言った様は泰然自若としており、騎士という称号が相応しかっただろう。この前のチビデブも一応は騎士ということだったが、あれはいわゆる親の七光りか金の力で取ったものに違いない。
ああいった者をのさばらせておくと後々好くないことが起こるのが常であり、そういう意味でいったら私はこの国に対して非常に有益なことをしたのではないかと思ったほどである。
『南の森を抜けた先に怪しげな洞穴があり、そこに単なる魔物ではなく土くれの魔族と思しきモノが警らをするように二体立っている』
そんな情報が斥候に出ていた冒険者からもたらされたのはもうじきリリーラが来てから三週間が経とうとしていた時だった。
この三週間、探索のためのキャンプを点々とさせたり町に戻ったり、そういったことを何度か繰り返していて、今は町に戻っていた。
ちょうど複数の兵や冒険者と地図を見やりながら、今回の探索も空振りに終わったら次は東南東の方角にキャンプを置いて探りをいれるべきだろう、などと話をしていた。
拠点の場所を知っていた私は、そろそろ見つかってもおかしくない、むしろ見つからなければおかしいのだと思っていたから、冒険者が大慌てで情報を持ってきた時には安堵の息が出そうだった。万が一見つからなかった場合、少し強引にでも私が先導するような形で見つけなければならないと考えていた。
「どの辺りだろうか?」
地図を広げ、リリーラが問う。
「最初に襲われた村より、南南西に丸一日ほど。ここからでも三日もあれば十分に行けるはずです」
「山脈の麓……この辺りだろうか?」
「いえ、それよりもう少し東に寄ったところだと思います」
「そうなると……」
彼女が目を細めて考えて、
「バルトワ街道が近くなるな」言った。
「ええ、森を抜けることにはなりますが、一日も行けばバルトワ街道に出ます」
「そんな近いところに魔族の拠点が……」
集まっていた兵の誰かが少し驚いたように呟いた。
バルトワ街道。
私は一度も見たことがないが、それは王国と帝国をつないでいる主たる街道の一つでその大きさは相当なものらしい。行商人や旅人、礼拝人。そして時には貴族や国の要人の馬車も通ることがあるほどの交通路だ。
そうなると、近場に魔族の拠点があるのは彼女たちからしたら大層な驚きだったに違いない。
「しかし、街道を通った者たちからそのような報告は一つもなかったはずだな?」
「はい。この魔族の一件についてどころか、最近では警らの兵が巡回していることもあって賊らしい者の情報さえも上がってきてはおりません」
「街道を行く者たちに被害が出ていないのは幸いだったな。この距離なら何かあってもおかしくなかった。……いや、そうすると目をつけられると感じて魔族もそれは避けていたのか……?」
「それは考えすぎではありませんか? 魔族にそこまで考える頭があるでしょうか?」
「従来の考えにあまり囚われるな。あってもおかしくないと私は考えている」
リリーラが断言した。
「この場にいる者は知っていると思うが、前に目撃された異形の魔族は人間にこの世界を治める資格はないと言ったそうだ。言語を操れるのならそのくらいの知恵や考えがあっても何もおかしくはない」
「とは言っても、私たちが見つけた魔族はとてもそんなモノには見えませんでしたが……」
情報をもたらした兵が言った。
「言うなれば子供が作った泥人形のようなものでした。魔物と呼ぶには確かに過ぎたモノだったかもしれませんが、深い知恵があるようには……」
「全員に知恵があるわけではないのかもしれない。統率者に相応の知恵があれば組織は十分に動く。とりあえず、見つけた魔族の特徴と、周囲の様子を教えて欲しい」
話をまとめ、その洞穴から半日ほど手前の位置に拠点を置くことをリリーラは兵や冒険者たちの話し合いで決めた。
私もその場に同席していたが特にこれということは言わなかった。
私も時折冒険者や兵たちと一緒に斥候に出たりしたが、彼女はあまりそういうことを私には求めず、逆に何か報告を受けたり、次にどのような場所を探るかといった話し合いの場に私を同席させた。
協力を乞われた際に『貴女の記憶力や柔軟な発想も是非に活かさせて欲しい』と言われたのは確かだが、どうやらそれもあながちウソではなかったようで、時々雑談のように私に意見を求めることがあった。
とは言っても彼女にはしっかりとした参謀の兵がついていたのもまた事実で、少しあって私は彼女が自分に求めているのはある種の安らぎを求めてのことなのだと気がついた。
考えてみれば彼女の周囲にいるのは年上の兵や熟練した冒険者ばかりだった。
その中で魔法騎士として指揮をとり、そのように振る舞うのは彼女自身苦心するところがあったのだろう。前のチビデブのように驕り高ぶった馬鹿者ならそれも自然と出来たのだろうが、彼女にとっては常に自分を律せられているような緊張感があったに違いない。
そんな中、同じ女性で十近く年下の私がいることがある種の安心につながっていたのは間違いないと思う。
「キョウカ、貴女はこの洞穴の作られ方をどう思う?」
話がまとまり、出発は翌日の昼過ぎと決まった後、三々五々と部屋を出ていき、私もこの探索で少し仲がよくなった年上の女性冒険者と部屋を出ようとした時、直々にリリーラに問われた。
雰囲気を察したのか「それじゃあね」と冒険者が先に行き、部屋に残ったのは私とリリーラのみとなった。
「普段の席では皆の目があって考えも言いにくいだろう? 今はご覧の通り私と貴女だけだ。遠慮なく考えを言ってみて欲しい」
その言葉に私は少し考える仕草をしてから、
「違和感は残ります」と答えた。
もうすぐこの遊びもいよいよ佳境に入るし、今更知らぬ存ぜぬとしていても意味がない。多少はここで私を印象に残しておくのも後々の遊びに効果的だろう。
「違和感、と言うと?」
「リリーラさまもおっしゃっておられましたが、拠点と街道があまりにも近しい位置にあるように感じました。それでいて二つの村以外、街道を通る者に対しての被害はなし。奇妙な感じがします。先ほどの話では自分たちの拠点が発見されるのを恐れてのこととみな考えていらっしゃるようでしたが、そこまで回る頭があるなら二つの村を、今も理由が全くわからないままに襲ったのはあまりにも不自然です」
「確かに二つの村がこうも短期間に襲われた理由は未だにわからないままだな」
私は机に寄ると先ほどまで広げられていた地図をもう一度広げた。
「どうでしょう? 何も情報がないまま、こことここ……この二つの村が襲われたと考え、相手の拠点を探すとなったらこの度報告があったここは比較的早い段階で候補に挙がるのではありませんか?」
「そうだろうな。距離や場所ということで考えたら早々に候補に挙がってもおかしくなかった」
「しかし、ここにバルトワ街道がある。その情報が加わっただけで……そうですね、ここからここまで辺りは候補から除外して考えてしまうのではないでしょうか? 魔族の拠点があるならもっと人的被害があるはずだ。自然とそう考えてしまう」
「その通りだ。まさに今キョウカが言ったことを参謀たちも考えて拠点を探し始めたように思う」
ふむ、とリリーラが口元を覆うようにする。
「つまり、キョウカは魔族がそこまで人間の思考を読んで行動している、というのだろうか?」
探るような視線に「あくまで私の考え遊びのようなものです」そう苦笑を浮かべた。
「それに今のような思考を魔族がしていたとしても、稼げるのはせいぜいひと月にも満たない時間だけです。何かを成すための時間としては短すぎでしょう」
「それもまた確かだな。ひと月未満で何か大きなことが出来るとは考えにくい」
リリーラはそう同意したが、その短い時間が欲しかっただけというのが実際である。おかげで拠点はそれなりの形となってくれた。急造の仮初めとは思わなかったに違いない。
「だとすれば偶然か、人を襲わなかったのは拠点の位置がバレるのを単に恐れてと考えるのが自然でしょう。……まぁ、忘れてください。たぶん私の考えすぎの悪い癖が出たんだと思います。魔族がそこまで考えていると考えるのは少し慎重になりすぎに違いありません」
「いや、相手は未知の存在だ」
ぽん、と何のことなしに彼女が私の頭に手を置いた。騎士として剣を握り、訓練を欠かしてこなかっただろう手は女性にしてはやや硬いもののように感じられたが、それでも十分な温かさがあるように思えた。
「事前にこうして貴女と話せて良かった。少し緩んでいた気が引き締まる思いだ」
「いえ、少しでも役に立てたのなら幸いです」
準備を整え、町を出たのはその三日後だった。
そこから二日ほど南下し、拠点からそう遠くない森の中にキャンプを構えることに話は決まった。
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