調査団

 調査団がやってきたのはそれから一週間が過ぎた時だった。

 この近辺を統括している領主町からの一団だそうで、構成されている兵士は正規の訓練を受けた正規兵。剣を携えている男もいれば杖を持った女もいる。しかし数は決して多いとは言えなかった。

 ギルドマスターは連中に聞こえないくらいの小声で「これっぽっちか」と毒づいていた。


「悪い。偉そうなこと言っておきながら、俺の危機感は全然信用されなかったみたいだ……」

「そんな、領主さまが直々に兵を派遣してくれたっていうだけで十分です。それに、聞けばこの兵団をまとめ上げる騎士さまは領主さまの御曹司という話ではないですか」

「領主の息子で騎士なのは確かだが……その御曹司サマとやらを見てみろ」


 そうマスターがうんざりとした様子で視線を向ける。


「あー、我が名はザムント・フォン・カッリオコルである」


 そう名乗った、今にもそのふんぞり返った態度で後ろに倒れてしまいそうなほど偉そうにしている若い男はこの領地を治める領主の子でありながら国の直属騎士の称号をもっているらしい。

 が、私の持っている騎士像とは相当に乖離していた。

 小柄で、簡易の甲冑を着ているが、それでもなお丸々と太っているとわかる体躯に、ぷっくりとした顔は温室育ちのボンボンそのものだった。


「帝国とピリピリしてた時には騎士の称号を得るには相応の力が必要だったらしいんですけどね……。最近では緩んだ空気にすっかり慣れ切ってしまったのか、血筋や権力だけで称号を得たような方もいるんです」


 後ろに控えていた事務の人がこっそり教えてくれた。


「して、近くの村が二つほど野盗だか魔物だかに襲われた、という話だったかな?」


 その討伐くらい冒険者にやらせればよかろう、という言葉がありありと顔に浮かんでいる。


「野盗や魔物の類ではないと我々は考えております」

「ほぅ、じゃあなんだと?」

「大規模な魔族の集団が、おそらくかなりの力を持った者を筆頭に動いているのではないかと考えております」


 その声にチビデブはきょとんとすると、次の瞬間ぷーくすくすと笑った。それから、「いや、失敬失敬。あまりにも面白い冗談だったものでな」と笑いながら言った。


「ザムントさま、畏れ多くも冗談ではありません。異形の怪物を見たという証言もあります」


 そうマスターは訴えるが、はん、と端から相手にするつもりはないようだった。


「恐怖の淵に立たされた時には何でもないものが見たこともない何かに見えるのはよくあることだ。化物の正体見たり枯れ尾花、だったかな」

「ですが――」

「よいよい。わざわざこうして僕が来たんだ。明日からは僕が直々に指揮を執る。そうだ、多少は腕の立つ冒険者がいるだろう? 近辺の地理に詳しいやつがいい。用意しておくように」

「それは構いませんが……」

「おおかた、大規模な野盗連中が洞窟に住み着いたか、近辺にいる魔物が少し増えたくらいだろう。一週間……いや、五日もあれば片がつく」


 そう言って部屋から出ようとした時、チビデブはピタリと足を止めて私を見やった。

 ねっとりと絡みつくような不快な視線が身体をはい回る。大型のナメクジにはりつかれたとしてもここまで気持ち悪くはならないのではないかと思えるような視線だ。思い余って『こいつは腐敗を極めた魔族なのではないか?』と考えてしまうほどだ。


「君、名前を何と言う?」

「そちらはこの度襲われたフィノイ村出身で、今となっては唯一の生き残りです。此度のことで一番辛い思いを――」

「お主には聞いておらん」


 上からの口調でチビデブがマスターを黙らせる。


「して、名前は?」

「は、はい。キョウカ・アキツネと申します」

「ふむ、君は明日から調査隊に加わってもらおう」

「で、ですが、私はまだ駆け出しの冒険者でして……組んでいるパーティーにはCランクの冒険者が二人がおりますので、そちらの――」

「いらんいらん。それに、村の出身なら地理にも詳しいだろう?」

「いえ、私は地理にそこまで詳しい方ではありませんし、ザムントさまの指揮下に入るにはとても荷が重すぎます」

「いや、そんなことはない」


 にやりとチビデブが笑う。


「僕が君の……そうだな、素質を見抜いたのだ」


 下品な欲にまみれた視線で「素質を見抜いた」と言われたところで悪寒が走る。


「それじゃあまた明日に。なに、大船に乗ったつもりでいてくれればいい」


 そうやって部屋から去っていったチビデブとその仲間にマスターはひどい頭痛を起こしたように頭を押さえてかぶりを振った。


「あれじゃあ成果はとても望めそうにないな……。あんたにも悪いことをした。唯一生き残った身として何か訴えてもらえればと思って同席させていたんだが、まさかあんなのが来るとは想像以上に想像以下だった。おまけにあんな下衆なことを……」


 そう大きくため息を吐く。


「おそらく領主さまは今回の件をあまり重大にはとらえていらっしゃらないのだろう。我が子可愛さか……自分の息子に箔をつけさせるために派遣してきたとしか思えない。代わりの冒険者は用意するから、あんたは体調が思わしくないというようなことで外してもらおう」

「ですが、騎士さまを相手にそんなことをして大丈夫なんですか?」

「あんたもあの下品な面を見ただろう? 俺はギルドのメンバーを守るためにいるんであって、下衆な野郎の世話係を用意するためにいるんじゃない。正直、虫唾が走る」

「けれど、そういった人間だからこそ何を言い出すかわかりません。私は明日から言われた通りザムントさまの指揮下に入らせていただきます」

「良いのか? それこそ言葉を返すが、どんなことを言ってくるかわからないぞ?」

「ええ。パーティのみんなにはマスターから言っていただけるとありがたいです」


 人間の世界で曲がりなりにも騎士の称号を持つ人間だ。どの程度の存在か見ておく必要もあるだろう。

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