チビデブの騎士

 翌日から私を含めた十名ほどの冒険者が協力のためにチビデブの指揮下に入り、兵士ともども周辺の捜索に出たが、私は捜索地点の近くに作られたキャンプで偉そうにふんぞり返る『騎士さま』の警護ということで常に傍にいるように命じられた。まぁ、言うなれば体のいいコンパニオンみたいなものだ。

 それに、捜索だってこのチビデブが指揮をとるわけじゃなかった。

 部下で、今回の遠征で兵をまとめる副官――彼は名をロサノ・エスティンといった――は一般兵からの叩き上げで、その地道な努力が評価されてチビデブの家付きの準騎士の地位を得たらしい。その彼が無能でどうしようもない指揮官の代わりをしていた。

 二日ほどはチビデブも多少大人しくしていたが、三日目からいよいよ私を落としにかかってきた。


「私の家……カッリオコル家は古くからある名家で伯爵の称号をもらっているんだ。知ってはいると思うが、父上はこの領地の領主であり、国の貴族院で議員もやっている。……君は蛍雪の功ということわざを知っているかな?」

「はい。確か、苦労あってこそ功が得られる、という意味だったと思いますが……」

「そう、その通りだ。そういう意味で今僕はこうして騎士の任についてコツコツと働いているんだがね、ゆくゆくは父上の後を継ぎ、議員となってこの国を導いていくつもりだ」


 そんな言葉に「はぁ」とわかったようなわからないような言葉を返す。


「あー、キョウカくんといったかな? 君はどうして冒険者なんかに?」

「いえ、たまたま魔法の素質があって、周囲の勧めもあって冒険者になることにしたんです」

「ほぅ、魔法の素質が」


 そんな私の言葉をチビデブはそれまでで一番熱心に聞いていたように思う。


「しかし、こんな田舎で冒険者をやっていてもロクに食えたもんじゃないだろう? 固いパンに味気のないスープ。干してくたびれた肉に塩漬けの野菜。気晴らしに着飾ることだって出来まい?」

「いえ、皆さんよくしてくださいますし、十分ご厚意を受けていると思っています」

「謙虚なのだね。うむ、ますます好ましい」


 普通の人間なら間違いなく背筋に寒気が走る表情をチビデブが浮かべる。私が辛うじて表情を保てたのは魔族として生まれついたからかもしれないと本気で考えた。


「しかし、都会に出ればもっと楽しいことが待っているぞ? 同じ冒険者と言ってもここと違って美味いものが食えるし、少しの知己がいれば貴族が主催しているパーティに出ることだって出来る。娯楽の数はここの比じゃない」

「私にはとても考えられないことですね。私は今の身分が相応のもの……いえ、今でさえ過分な待遇をいただけていると思っています」

「いやいや、それはいけない」


 手を左右に振ってチビデブが強く否定する。


「謙虚なのはいいことだけどね、度を過ぎればつかめるチャンスさえつかめなくなってしまう。例えば今、君はまたとないチャンスの前にいるんだ」

「チャンス、ですか?」

「ああ、そうさ。僕はね、向上心のある者にはそれ相応の機会が与えられるべきだと考えているんだ。だから、もし君が望むなら僕が父上に――」

「――ザムントさま!」


 言葉を引きちぎるようにテントの中に兵士の一人が駆け込んできた。その様子に「ちっ」とあからさまに舌を打ってチビデブが口を開く。


「何だ、騒々しい」


 表情をこれ以上ないだろう不満気なものに変えてチビデブが問う。


「す、すみません。フィノイ村の跡を調査していたところ、魔法の痕跡を発見しましたので連絡を差し上げに参った次第です」

「魔法の痕跡ぃ?」


 表情を歪めたままチビデブが言う。


「そんなもの珍しくともなんともないだろう? 燃えカスか? それとも野盗が使った証拠でも残っていたか?」

「いえ……それが、どうやら魔法陣の跡の一部らしいのですが、これがまたなんとも奇妙なもので……冒険者はもちろん、我が兵団の魔法兵の誰も見たことがないと言うんです」

「魔法兵が見たことないのない魔法陣の痕跡だと? 珍しい魔法なのか?」

「そ、それは、わかりません」


 見たことのない魔法陣なのに珍しいかどうかもわかるわけないだろう。『頭痛は頭が痛いのか?』とでもいうような表現に思わず笑ってしまいそうになるのをなんとかこらえる。

 しかし、フィノイ村で見つかった魔法陣ということはおそらくタマ吉が使用した転移魔法に違いない。相応のレベルになれば魔法陣を描かなくても魔法を発動することが出来るが、魔法が高度であったり、自身にとって難度の高い魔法を使う場合は魔法陣をその場に描かなければならない。そういった場合はちゃんと跡が残らないように、と気狐が指導したはずだが、その点はまだまだ未熟ということだろうか?

 いや、領主町にいるくらいの魔法兵なら多少は優秀なのがいるはずだ。普通の人間ならば見逃してしまいそうなものでも目ざとく見つけたのかもしれない。


「どういたしましょうか?」

「そんなものエスティンのヤツが考えればよかろう。一々僕に聞かなきゃ君たちは動けないのかね?」

「ですが、エスティンさまもこれはもしかしたらただ事ではないかもしれない、と。我々の手に負えない可能性がある以上、専門の学者を含めた調査隊を再編成した方が良いのではないかとおっしゃっておりました」


 それに、ドンとチビデブが簡易のテーブルを叩いた。見やるとぷくぷくとした顔を怒りの表情でしかめてにしていた。そして怒号を飛ばしたいのをなんとか堪えるような面持ちで言葉を紡ぐ。


「ということはなんだい? この僕に野盗だかなんだかの討伐もまともに出来ずにおめおめといったん帰れ、と?」

「で、ですから野盗であるかどうかも怪しいのです。実際、ギルドマスターの方もおっしゃっていたではありませんか?」

「まさか、お前まで魔族がどうのこうのと言うつもりなのか? あんな与太話を真に受けて」

「それは……」

「魔族なんて臆病な脆弱種族だろう? 山脈の向こうに隠れてるだけが脳のバカばかりじゃないか!」


 チビデブはさらに語調を荒くする。


「第一、僕はあそこに隠れている魔族連中だってさっさと滅ぼしてしまえば良いと思っているんだ。国王陛下は取るに足らないと考えているようだが、領土は領土だ。連中はわが王国の領土を侵犯してあそこに居座っている。それを滅ぼさずいるから、今回みたいなバカな妄言を吐く連中が出てくるんだよ」


 一息に言って、ふぅと大きく息をした。「まったく、どいつもこいつも使えないとこうして上に立つ人間が苦労するんだ。本当、まいったよ」なんて気取った表情で私を見やり、椅子から立ち上がった。


「ザムントさま、どちらへ……?」

「その魔法陣跡まで案内しろ。僕だって魔法の知識がそれなりにあるんだ」

「ですが我が方の魔法兵もわからなかったもので……」

「御託はいい、とにかく案内しろ」


 馬を用意させ、当たり前のように私にも来るようにチビデブは言った。


「さて、どこまで話したんだったかな……?」


 馬に乗り、並んで馬を歩かせ始めて少ししてそんなことを独り言ち、そうだそうだ、僕の家についてだったな、とチビデブは思い出したようだ。この期に及んでまだ私を口説くのを止めるつもりはないらしい。こんな人間の部下になってしまった兵に思わず同情しそうになる。


「とにかく、町には田舎にはないものがたくさんあるんだよ。それこそ君が想像さえしたことのないものもたくさんある。冒険者と言っても駆け出しだと言っていただろう? 今から兵学校に入れば冒険者なんて安定しない生活じゃなく、国の魔法兵として安定したものが望める」

「そうはおっしゃられても、私には学もなければお金もありません。兵学校になどとても……」

「いいや、逆に言えば問題はその二点だけと考えることが出来る。そして、その二つは案外にどうにでもなるものなんだよ」


 そう言うチビデブの目は馬に乗ったことで大きくあらわになった私の太ももに注がれている。

 醜い欲を隠すことさえしようとしないこのバカはどれだけの温室で育てられたのだろうかと思わずめまいがしそうだった。


「君の才能を僕が見抜き、君が相応の態度をしてくれれば援助も出来るし学だってつけてあげられる。悪い話じゃないだろう?」


 前を行く兵がちらりと私を見やる。そこには何とも言えない、憐憫に似た表情が浮かんでいた。

 こういうのを見るに、このチビデブは他にも似たようなことをやっているに違いない。権力が当たり前にある世界で育った存在はここまで醜悪になれるのか……いや、魔族の姫という点では私も同じだから、もしや私も女中か誰かにこう見られているのだろうか? そう思うとせめてこのチビデブ他山の石とせねばならないと思いながら、「考えさせていただければ、と思います」と言葉を返した。

 それにチビデブが満足そうな表情を浮かべる。

 こうなればあともう一押し。

 そう言って隠さない表情に私はある種の恐怖にさえ似たような感情を覚えた。

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