仮初めの拠点

「なるほど。仮初めとなる拠点づくりですか」


 ふむ、と一呼吸を置いて気狐は興味深いとでも言うようにそう言った。楽にしてちょうだい、と言うと彼女は「それでは失礼して」と正していた背を楽にして、考える仕草をした。

 ちょくちょく顔を出してはいるが、リリーラがグーベルクの町に来て以来、私はなかなか城に顔を出せずにいた。

 彼女から助力を求められ、了承した以上、町にいる間は彼女と行動を共にすることが多くなっていた。


「場所はどのような場所をお考えですか?」

「出来るだけ人間に見つからない場所、とは考えているけれど、完全に見つからないという場所は困るわ。最終的に場所を発見されて討伐される。それが今回の筋書きだから」

「となると……」


 地図を広げ、気狐が考えるように全体を見やる。


「姫さまが最初に滅ぼした村がここ。そしてタマ吉が襲った村がこの辺りですね」

「ええ」

「その二つの位置と、見つかりそうで見つからない、逆に最終的には見つけられてしまう場所ということを考えると……」

「個人的にはこの辺りが良いのではないかと考えているわ」


 そう言ってちょっとした山の連なりを指差した。王国とこの魔族の地を隔てるような高い山脈ではなく、こちらは比較的簡単に越えることが出来て、行商人も使うような道が何本か通っているような場所だ。

 それに「なるほど」と気狐が私の意を汲んで言った。どうやら私の考えはすぐに理解してもらえたらしい。


「最適と言えるでしょう。魔族ということが相手の意識に強くある以上、見落とされがちになるのは違いありません」

「では、もう夜も深くなってくるけれど下見といきましょう」


 彼女を連れて転移の妖術を発動。タマ吉が滅ぼしたフィノイの村の跡地に移動する。


「山脈からこちらの方……人間の領域に来たのは久しぶりのことです」


 周囲には焼け落ちた家が残骸となって並ぶだけだが、彼女はひどく懐かしそうに周囲を見渡しながら言った。


「前には来たことがあるの?」

「私も若い時は好奇心が旺盛でしたので。とは言っても私は姫さまほど自在に変化の妖術を使えるわけではありません。多少のごまかしをして、あとはローブで多くを隠して隠密のようなその日暮らしをしていました。もっとも、それでも何度か露見しそうになり、結局早々に城に籠る生活になってしまいましたが」

「慎重な貴女にもそのような時があったのね」

「若気の至りです。もし私も姫さまのように転移の妖術を使えればさらに便利に使っていただけたのですが、こればかりは適性がなければどうにもなりません」

「例え魔法陣を知っていても、適性がなければ使えないのよね?」

「その通りです。一応、城において御前さまに次ぐ術者としてそれなりの自信があったのですが、姫さまがお生まれになってからというもの、才能の差というものをこれほど痛感しなかった時はありません」


 今のところ私は術式を覚えて使えなかった妖術はない。妖術に秀でているという種族のおかげなのか、成長して生まれてきたという稀有な例のせいなのかはわからない。

 まぁそんなことはどちらでも構わない。

 方角を確かめて気狐と共に身体を宙に浮かす。

 空に舞う妖術。これは元より気狐が知っていた妖術で、人間の間でも使用者はいるらしい。だが、速度は術者の素養に大きく左右される。


「明日の朝には戻らないとならないし、それなりに飛ばすわよ」

「この気狐。遅れぬよう努力いたします」


 ある程度の高度に達してからぐんと速度を上げる。馬が駆けるよりも幾分か早い速度ではあったが、それでも気狐は何の苦も無く私の後をついてきた。参謀ではあるが、彼女とて魔族の軍の幹部が一人。妖術の練達度ということで言えば城の兵で一、二を争う。

 村から森の上空をぐんぐんと進んでいく。そして、山並みが見えてきたところで一度止まって周囲を見渡し、よさげな場所を探してみたが、幸い動物が棲みつきそうな洞穴はいくつもあった。


「この辺でございましょうか?」

「そうね」


 ふわりと着地。人の気配はもちろん、ざっと見渡しても人が手入れをしていた気配もない。場所としては問題ないだろう。

 と、そこで一つのことを思い出した。一度この場に来た以上、これで私は自由にこの付近に転移することが出来る。しかし、気狐はそうはいかない。


「そう言えば気狐、先ほど妖術の才覚についてあれこれ言っていたのだけれど、これは使い物にならない?」


 懐から細く巻いた数本の紙束を取り出した。


「それは?」

「人間の間でちょっとした遊び、もしくは小道具代わりに使われてる妖術……彼ら的に言えば魔法の紙をちょっと応用してみたのよ」


 その内の一本を広げて彼に渡す。


「魔法の才覚がまったくない人間がたまに使っているのよ。魔法の術者が術式を描くと、魔法の才のない者でもちょっとした魔法が使えるみたいで、時に便利だとか。まぁ、とは言っても高度な魔法で使われているのは見たことがないわ。小さな火を起こすとか、明かりを灯す程度がせいぜい。今渡したそれがきちんと発動するかどうかは試してないからわからないわ」

「ここに描かれているのは転移の術式ですね」

「ええ。転移出来る場所は気狐が知っている場所ならどこでも自由に選べるはずよ」

「ふむ……では、試しに城前をイメージしてみましょうか」

「やってみて。発動の文言はインヴォークだから」

「なるほど。それでは……インヴォーク」


 言って気狐が紙をひゅっと軽く放る。と、少しの光を放って彼女の姿がすぅっと消えた。

 さて、上手くいったかどうか……?

 私は自身で転移の妖術を発動させ城前へと転移。すると、彼女はその場にかしずいていた。私が後を追ってくるのを重々承知していたのだろう。


「どうやら成功ね。一安心だわ」

「これは実に画期的なことでありますね」


 かしずいた状態から顔を上げて彼女は言った。


「これさえあれば、妖術の才がない軍団でも自在に妖術を行使することが可能となる。……そう手放しに喜びたいところなのですが」


 そこで彼女は言葉を区切り、若干顔を曇らせたので、私も「ええ」と同調した。


「これは描いた術式に妖術の全てを込めなければいけないから、作るのに少々手間なのよ」


 紙とインクにも魔力を込めなければいけないし、術式を描くのだって気の抜ける作業ではない。


「ついこの間に思いついて、今日までに作れた転移の術式用の紙……術式紙とでも呼びましょうか? とにかくそれは残り数枚。まだまだ応用が出来そうな気はするけど、今後の供給については効率的な方法を考えないといけないわ。とりあえず残りの紙は全て貴方にあげるから、好きに使って。貴女なら無駄にするということもないでしょう」

「ありがとうございます。この気狐、必ずや姫さまのご期待に添える働きをするとここに誓います」


 そこで、「忘れるところだった」と一つ思い出す。親指を傷つけ、血を浮き上がらせると、それを地面に押しつけて前回チビデブを殺した傀儡と似たようなものを創る。


「拠点づくりは全面的に任せるんだけど、今回の親玉はこの子ということになるからそのことだけ心に留めておいて」

「かしこまりました。この傀儡が仮初めの拠点を治める者、ということですね」

「ええ。他に拠点づくりで手が必要ならもう何体か傀儡を作るけど、どうする?」

「いえ、その程度の作業であれば私の生成する傀儡でも十分出来ましょう。姫さまのお手を煩わせるほどのことではありません」

「そう。それじゃあ、何かあったら連絡をちょうだい。定期的に城には帰るつもりだから。緊急の際は……」

「相応の手段で連絡をさせていただきます」


 頭の回る気狐のことだ。下手な手は打たないだろう。私は彼女をその場に残して町のアパートへと転移した。

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