準備は進む

 この仮初めの拠点づくりの最大の懸案は、拠点を作っている最中にその場を探り当てられてしまうことだった。万全の準備がされた上で村々を襲ったならまだしも、襲った後にせかせかと拠点を作るというのは腑に落ちない部分が出てきてしまう。

 しかし、幸いなことにリリーラは慎重に慎重を重ねた探索を行ったおかげでその心配はなかった。

 気狐は適当な広さと深さを持つ洞穴を拠点に定め、森から木を切り運んで急ピッチで作業を進めているようだった。

 夜に一度私も様子を見に行ったが、土を材料とした傀儡たちが洞穴の形を整えた後で、木を材料とした傀儡たちがテキパキと木材を洞穴に組み込んでいっていた。

 昼夜を問わない突貫工事らしく、気狐も近くで寝泊まりし、彼女がいない間は私が創った傀儡が指示された通りに作業監督をしているらしかった。


「見事なものね」


 テキパキと作業を進めていく傀儡たちに私はある種の感嘆の声を上げた。


「私じゃこうも効率的には出来なかったわ。貴女に作業を任せて正解だった」

「そうおっしゃっていただけると私どももやりがいがあるというものです」


 気狐が言葉を続ける。


「それで、人間たちの探索の様子はどのようになっているのでしょうか?」

「遅々として進んでいない……というのはあまりにもこちら目線な言い方ね。彼女たちからしたら未知の魔族との戦闘があり得る探索。この辺りはまだ探索範囲にもされてないし、このペースならここが発見されるまでもう少し時間がかかるでしょう。とは言っても、そろそろ迎え撃つこちらの体制も考えないと。親玉はこの子ということにしても、配下にも多少の手駒がいるでしょうし」

「城か、周辺の森から招集をかけましょうか?」

「そう言っても、呼びつけておいて死ねと指示するのは流石に気が引けるわよ。こう見えても一応は魔族の姫だもの」

「ですが、だからこそ忠誠を誓った魔族はその身を捧げる必要があると私は考えます。この機会は各々の部族の忠誠心を試すいい機会とも」


 なるほど、そう言えばそうだ、と思うが、「やっぱりやめておくわ」と答えた。


「要するに私は今回指揮してるリリーラが手にはいれば良いのよ」

「左様でございますか」

「一人の人間を陥れるのにこれだけ大掛かりにやらせると貴女は笑うかしら?」

「とんでもないことにございます。欲しいものにただ手を伸ばすことしかしないのが愚者。策をめぐらせ、楽しみながらその手中に収めるのが知恵者のやり方というものでございましょう」

「まぁ、ただ私は彼女を凌辱したいだけなのだけどね」


 無理矢理に押さえつけ、嬲った時にあのご令嬢がどのような声を上げてくれるのか、考えるだけでゾクゾクとした快感が背に上ってくる。


「ねぇ気狐、今回来た魔法騎士は処女だと思う?」

「どうでしょう……?」


 彼女はバカらしい質問にも深く思慮しているようだった。


「聞いている年齢から考えれば失っていたとしてもおかしくない年頃のようですが、話を聞く限り、良いところの子女なのですよね?」

「ええ。少なくとも野蛮な筋ではなく、礼節は叩きこまれているわ。有名な魔法使いの家系で、貴族のパーティなんかにも顔を出しているんじゃないかしら?」

「だとすれば潔癖に保っているということも十分にあり得ましょう」

「それじゃあ、賭けるとしたら?」

「処女である方にベットいたします」

「根拠は? ある?」

「いいえ」


 彼女は小さくかぶりを振った。


「その方が姫さまのお気に召しますから、そう願っているまででございます」


 大真面目に言った彼に私は笑った。

 確かにその通りだ。今回は多少年を食っているし処女でなくとも仕方ないと思うが、それでもやはり処女の方が気分が高揚するというものだ。

 未だ穢れを知らず、真っ白に降り積もった雪の中に一番に足を踏み入れるかのようにして、好き放題に蹂躙する。それが個人的に言えば一番に『刺さる』シチュエーションだった。


「そう言えば、姫さま。この間、咲耶が愚痴っておりました。最近姫さまがあまり城にお戻りにならない、と。なんと言いましたでしょう……例の……」

「ロレットですか?」

「ええ、その彼女です」


 気狐がパチンと指を鳴らした。


「あの人間の小娘の方を私どもより気に入っているのではないか、よもや恋にでも落ちているわけではあるまいか。そう懸念しているようです」

「またくだらないことを……」

「私もそう申し上げたのですが、こればかりは恋に落ちている者として仕方がないでしょう。他の者に気があるのではないかと気が気でならないのです」

「それじゃあ、咲耶が本気で私に惚れているとでも? 確かにゾッコンなのは認めるけれど、それはひときわ強い忠誠心からくるものではなくて?」

「いえ、あれは本物であるように私には思えますね」


 少し楽しむような色がその言葉にはあった。気狐について私はまだあまり深くは知らないが、思ったより様々なことを愉しむ性質を持っているのかもしれない。


「女中たちがみな姫さまに忠誠を誓っているのは当然ですが、中には本気で焦がれている者がいるように見えます」

「そう言えば、あの一族は男女の性差がほとんどなく、見た目はみな女性のような外見なのよね」

「ええ。ですので、ひと際見目麗しい姫さまに焦がれるのも道理かと」

「わかったわ……そうね、明後日は夕方から城に戻るから、そう咲耶に伝えておいてくれる?」

「かしこまりました。そのようにお優しいところも、きっと彼女たちの心を捉えるのでしょう」


 そう気狐は笑った。参謀という役割からか、その笑みは穏やかな顔つきでありながらどこか悪魔的だった。

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