魔物討伐
『森で薬草採集をしている間の護衛』という任務はペイという意味ではあまり良いものではなかったが、人脈を作るという意味でなら有用だった。
ギルドに貼られている依頼の紙からでなく、町で実際に薬師として働いている男から私たちのパーティを指定して「護衛をお願いしたい」と来た時、リーダーであるリストは素直に喜んだ。
誰であれ構わないという依頼とは違い、直接の依頼というのはそれだけの信用が生まれてきているという証拠である。実力がそれなりにあってもコネや人脈を作るのが下手でやっていけなくなる冒険者がいるという話はまだ冒険者になりたての私の耳にも入ってきていた。
「しかし、キョウカが検知の魔法も使えるとは驚きだわ。今まで攻撃魔法ばかりで補助の方はさっぱりかと思ってたんだが、どうやら俺たちはまだまだあんたのことを見くびっていたらしい」
リストがのんびりとした口調で言った。
この森には凶暴な動物に加え、魔物の類も住んでいるという話だったから結構な準備をしてきたのだが、今のところその気配もない。検知の魔法を展開している以上、何かの脅威が迫れば瞬時に捉えることが出来る。逆に言えば検知の魔法に何も引っかからないということはこの付近に脅威となる動物や魔物がいないということだ。
最初は少し張り詰めていた空気も今は随分とほぐれている。
「使えると言っても最近覚えたばかりですよ」
「それにしたってレパートリーが広いにもほどがある。これだけの種類がこなせる魔法使いはそうそういないぞ。うちの妹がマジでただのお荷物に思える」
「そういうこと、思ってても普通言わないよね……?」
「いえ、実際ロレットさんがいてくれるからここまで出来ているのは事実です」
「ロレットがいるから、っていうのはどういうことだ?」
リストが問うてきた。
「この魔法は感応系のものなので、波長の近い魔法使いが傍にいてくればいてくれるほど検知出来る範囲が大きく広くなります。今はロレットさんのおかげで検知出来る範囲は相当な広さになっています」
「ほら、お兄ちゃん。あたしだって役に立ってるんだから」
「お前が自慢することじゃねーだろ。キョウカの魔法なんだから」
「でも、あたしだってただの木偶の坊じゃないもん。あたしとキョウカの相性がいいからこれだけの範囲が検知出来てるんだからね」
「わかったわかった。キョウカの補助くらいにはなってるってことは認めるよ」
そんなやりとりに薬師の男があははと笑う。
先ほどから彼が採っているのは門外漢の私からしたら他の草と変わりないように見えた。
「それより、それはどういう風に使うものなんですか?」
「これですか?」
当たりの柔らかい、おそらく多くの人から慕われているだろう男は私を見た。優しい目は争いを好むようなものには見えない。
「これはある種の病に効く……と私は考えています。まだそこまで実証されているわけじゃありませんが、私の考えが合ってれば今まであまり有効な手のなかった症状にも対応出来るはずと期待しています」
「そのためにこんな遠くまで、おまけに冒険者を雇ってまで来なきゃいけないんですから大変ですね」
「逆に言えばそれだけの価値があるということです」言いながら彼が採集を続ける。
ここはグーベルクの町から半日近くかけて行ったところにある森で、かなり朝早くに出発したが今はもう昼を過ぎて少し経つ。そろそろ帰りのことを考えなければ町に帰りつくころには夜闇で真っ暗になっているだろう。
もっとも、だからこそ良かったんだけれど。
そう私は心の中で独り言ちる。
今日はずっとこのパーティで過ごす予定になっていたから、私はタマ吉にフィノイの村の襲撃を指示していた。アリバイなんてものが必要かどうかはわからないけれど、少なくとも憂いはそれなりに排除しておくべきだろう。どこからどういう風に情報が回るのがわからないのが世間というものだ。
順調にいっていればそろそろ村は全滅。野盗の仕業に見えるように工作するようにも、家に火をつけるようにも言っておいたからことは終わっているはずだ。
「キョウカさんは冒険者になってまだ日が浅いんですよね?」
そんなことを考えていると逆に男が私に聞いてきた。
「はい、ついこの間と言って良いと思います」
「それなのにもうEランクで、事務員さんからはDランクの試験も早いところ受けるべきだと言われているとか」
「過分な評価をいただいているようでありがたい限りです。が、分相応にはありたいと思っています。驕りは身を滅ぼしてしまいますから」
「その通りじゃあるんだけどキョウカが言うと嫌味に取られかねないからな」
私たちのやり取りを聞いていたらしいメレデリックが言った。
「実際俺らがDランクの魔法使いと組んだ時にはこんな悠長な気分じゃいられなかったぜ。多少の攻撃魔法は使えたが、戦闘となったら俺とリストがメインでよ。もっとこう……変な言い方だが緊迫感があった」
「それじゃあ、きっとそれだけの余裕が持てるくらいにお二人が成長されたということですね」
「ったく、どこまで謙虚なんだか。うちの妹も見習って欲しいぜ」
「だからお兄ちゃん、一言多い」
ぶーぶーとロレットが不平を言い、そんなやり取りに再び男が笑う。随分と仲良しこよしのパーティに見えることだろう。
とその時、検知の魔法に一つの気配が引っかかった。
瞬時に私が目を細め、ぐっと杖を握り直した。
「どうした?」
流石はCランクということか? そんな私の反応を見て二人はすぐに雰囲気を鋭いものに変えた。
「検知の魔法に引っかかった存在がいます」
「うん、そうだね。まだ遠いけど、こっちに近づいてきてる」
ロレットも感覚共有がされているからかわかるらしい。
「でも数は多くないよ? 一匹だけ。なんかの群れとかじゃなさそう」
「確かに数は一つだけですが……」
猛スピードで近づいてくる。まだ距離はあるが……嗅覚か何かが優れているか、向こうも完全にこちらに気づいている。この速さは四つ足に違いない。
私は人の頭ほどの氷のつぶてを数個生成し、検知出来た方向に向かって一気に飛ばした。
それなりの速度のものだ。並の動物や魔物なら問題なく倒せるはずだが――。
「……ダメです、全て防がれました」
「防がれた? かわしたんじゃなくて防いだのか?」
「ええ。当たりはしましたが、近づく速度がちっとも落ちてません。何らかの方法で迎撃されたんだと思います」
「マジかよっ!? 今のを容易く迎撃出来るっていったらかなりのやつだぞ」
リストが剣を構えた。
えっ、えっ? と戸惑うロレットに声をかける。
「ロレットさんは依頼主さんと一緒に後方へ。念のため肉体強化の魔法を皆さんにかけてもらえますか?」
「う、うん、わかった!」
魔法を唱えてから下がっていく二人を横目に息を一つ。
その頃になって近づいてくる存在が目視できる範囲に見えてくる。
「おいおい、嘘だろ……」
メレデリックが少し呆然といった様子で言った。
四つ足で駆けているのにその高さは二メートル近く見える。体長で言えば四メートルを超えるのではないだろうか? おまけにアルマジロのように体の表面は固そうな装甲で覆われている。あれで氷のつぶてを防いだらしい。
「あんな化け物がいるなんて聞いてないぜ! この森の主かなんかか!?」
「動物ではなく魔物の類でしょうね」
しかしCランクともなれば怖じ気づくわけでもない。
それぞれ剣と双剣を構え、リストとメレデリック、二人とも好い意味で緊張を張り巡らせた。
「私があれの勢いを止めます。お二人はその間に攻撃を」
「そりゃ願ってもないことだが……どうやって?」
「多少の力技ですが――」
一気に分厚い氷の板を猪突猛進してくるヤツの前面に十枚以上生成する。
一枚二枚。
その勢いにいともたやすく破られるが、五枚六枚となる内に流石のそれも勢いを失っていき、九枚目に突撃したところで板は割れず突進は止まった。
「よっしゃ、あとは任せろ!」
両サイドからリストとメレデリックが襲う。
固い装甲では刃が通らないと考えてか、柔そうな部分に向かって攻撃を加える。
「ピギャアアッ!」
魔物が悲鳴にも似た声を上げ血を流す。
同族殺しで少し気が引けるのは事実だが、生憎相手は私が魔族の姫ともわからずに攻撃をしかけてきた愚か者だ。この森で敵らしい敵はおらず驕っていたのかもしれない。
が、その体長の大きさは伊達じゃない。
勢いを止められ、刃を刺されながらも身体をぶるんぶるんと震わせて二人を追い払う。
「ちくしょう、伊達にデケえだけはないな……」
相手は未だ臨戦態勢。逃走の意志はないようだ。
私は大きく息を吸って一本の風の矢を生成した。
「数秒で構いません、そいつの動きを押さえてください!」
「おう!」
右に左に顔を振るのを二人が剣を合わせて抑え込む。
その間に私はギリギリと魔法を練り上げた。一本の風の矢に込める過剰とも言える魔力はそのまま推進力となる。
焦点を定め……
「貫けっ!」
杖を一振り。
音速以上で発射されたそれは周囲の木々を音と衝撃で揺らしながら、装甲の上から魔物を貫通した。
*
「俺ら、もしかしたらとんでもない魔法使いをパーティーに入れたんじゃないか?」
横たわる魔物の死骸を前にリストが呟く。
装甲の前面から入った風の矢はそのまま後部へと突き抜け、魔物は一瞬の内に絶命に追いやられていた。
「このクラスの魔物を単独でさっさと処理出来る魔法使いなんてそうそういないぞ……」
「でも、私はお二人に手伝っていただきましたし」
「手伝ったって、お兄ちゃんたちただちょっと押さえてただけじゃん。本当にすごいよ、キョウカ!」
「ロレットさんまで……そう持ち上げるのはやめてください」
「が、成果は成果だ」
メレデリックが、うむ、と顔に充足の表情を浮かべた
「全部持って帰るのはもちろん無理だが、舌を切って、装甲を少し引っぺがして……それでどんな魔物かわかるだろうか?」
「どうだろうな、このクラスの魔物なんて正直聞いたことがない。ギルドでわかるやつがいるかどうか……」
「マスターなら大丈夫だろう。現役の頃には魔物の討伐もそれなりにやっていたって聞くぞ?」
大真面目に話す二人は止まらないだろうと思い、
「それより採集の方は終わりましたか?」
私は男へと話を振った。
「そろそろ帰り始めないと夜道を歩くことになってしまいますが……」
「ええ、私の方は十分です。おかげさまで良い採集が出来ました。しかし……」
魔物の死骸を見やって男がふぅと小さく息を吐く。
「もし貴方たちに護衛を頼んでいなかったらと思うと背筋がゾッとします。あんなものに襲われていたらひとたまりもありませんでした」
「おそらくですが他の冒険者さんたちでも討伐は無理でも逃げおおせることは出来たと思います。今回は私がすこし乱暴なことをしてしまっただけで。あの魔物も私たちが縄張りの外に出たら追ってはこなかったでしょうし」
「そういうものなんですか?」
「こればかりはたぶん、としか言えませんけどね」
そう私は苦笑する。
そんな雑談を交わしてる間に「っと、悪いな。ちゃっちゃっと作業しちまうからちょっと待っててくれ」とリストが言った。
長い舌と装甲の一部をリストとメレデリックが手早く処理する。この辺りは下積みの長かったらしい二人にはお手の物で、実に効率よく捌いては皮の道具袋に入れていく。
「これ、ギルドに着いたらちょっとした騒ぎになるんじゃない?」
作業を終えて帰路につくと、ロレットがそう言った。それにリストが同意する。
「確かに。なんたってあれだけの魔物を魔法で一撃だからな。ギルドの審査員がここにいりゃDランクはもちろん、下手したらCランク、Bランクへの飛び級もあっただろうに」
「もう、あんまり針小棒大な話にしないでくださいよ?」
「そんなことないさ。実際俺らの証言とこの資料だけでもDランクへの昇格は検討されるのは間違いない。国は少しでも戦力になりそうな冒険者をかき集めたいだろうからな」
「そうなんですか?」
「帝国と本格的にドンパチやることはなくなったし、今後もそうそうそんなことにはならないだろうが、代わりにお互いどれだけの戦力を持ってるか競い合うようになってるんだよ」
「まぁ、自由に拠点を移す冒険者たちにとっては面倒な話さ。窮屈になる一方で」
「そうなんですか……」
王国と帝国。
そんな話になるとまた姫として私は何をすべきか、ということが頭をちらついてくる。
魔族の復興……人間との対立。
面倒くさくないと言えば嘘になるが、姫として生まれついた以上それが責務だという風にも言えるだろう。
実際それを望んでいる魔族は多い。
母は私にそんなことを期待している様子は微塵もなかったが、他の魔族からはちょいちょい人間の領地への侵攻をうかがうような話を聞いていた。
「キョウカ、どうかした? 難しい顔してるけど」
「いえ、なんでもないです」
まぁ、そんなことはおいおいに考えれば良いだろう。今に焦って決めなきゃいけないことではないのだ。
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