想定外
だが、町のギルドに戻った時に待っていたのはただならぬ雰囲気と静かなざわめきだった。
「キョウカちゃん!」
ギルドの事務員の一人が私たちを見つけると駆け寄ってきた。顔面は誰が見てもわかるくらいに蒼白になっている。
その時点で嫌な予感がした。
「何かあったのか? 穏やかな感じとはとても言えない感じだが」
「どうもこうも……襲われたんです」
「襲われた?」
「ええ、フィノイ村が……」
私はその言葉に目を丸くした。
襲われたことに驚いているわけじゃない。私がタマ吉にそうするように指示したから当然だ。
しかし、どうしてそれがすでにここに伝わっているのか?
「ちょ、ちょっと待ってください、襲われたって……いったい何がどういう……」
「それは俺から詳しく話そう」
奥からギルドのマスターが現れる。まだ二、三回しか会ったことのないが、元々そなりに活躍した冒険者で今はこのギルド支部を任されているという話だった。
「落ち着いて聞いて欲しい。ティルーデ、それにあんたたちは……リストとメレデリック、それにロレットだったな。悪いが任務についての報告は任せるぞ」
「あの、私はどうすれば……」
「俺についてきてくれ。正直あまり……いや、相当に悪い話だ」
強く筆で描いたような眉を寄せてギルドマスターが言う。覚悟をしてくれ。言葉の裏にそんな意味が含まれているのが私にもよくわかった。
言われるまま二階奥の部屋へ。
マスターが扉を開けると、向かい合うように置かれた二人がけのソファに一人の少女が横になって眠っていた。十歳になるかどうかいったほど。見たことはない。泣きはらした後なのか目の周囲を赤くしている。この状況を見るに、泣きつかれて眠ってしまったといったところだろう。
タマ吉のやつ、しくじったのね――。
瞬間的に判断した。
「その子はミルドナって名前だが……同じ村の人間だから知ってるか?」
「ええ。一緒に遊んだりしたことも結構あります」
白々しい嘘を吐きながら優しく少女の頭をなでる。
起きる気配はない。ここで起きていたら面倒事が増えるところだったことを考えると、眠っていてくれて何よりだった。
そんな私の仕草を、おそらくは勝手に仲睦まじいものと勘違いしただろうマスターが小さく微笑んだ。
「ここまで一人で気を張って頑張って知らせてくれたんだよ。村が襲われてる、助けて欲しいってな。彼女の親父さんは元々冒険者だったんだろう? 異変が起こるとほぼ同時にその子を馬に乗せてこの町に向けて放したらしい。的確過ぎる状況判断だった」
「それで、村は……?」
その言葉にマスターは懐から煙草を取り出し、すっと火をつけて吸った。
降って来た沈黙はまるでその中に重金属でも含んでいるのかと思うほどのものだった。もっとも、明るく楽しく話せる話題じゃないだろうし、私だってその雰囲気をまとってきゅっと唇を締める。
ややあってからようやくマスターが口を開いた。
「……ギルドからの支援が行った時にはもう手遅れだった。抗戦の跡はあったらしいが、全滅だった」
「つまり生存者は、誰も……?」
「ああ、その子以外にはいなかった」
ふぅーと息を長く吐き出して、私は震えるような仕草をしながら少女の真向かいのソファに座り、両手で顔を覆った。
両親や知人をこういう形で亡くした人間がどういう仕草をするかは実際知れない。もっと泣きわめくべきなのか、わめかないまでもさめざめとなくものなのか。しかし、とりあえず私は出来うる限りの演技力を持って絶望という名の暗闇に落とされた人間を振る舞って見せた。
「……悪い。伝え方っていうのはもう少しあるのかもしれないが……変に期待させるのも残酷だと思えてな。……いや、まだ確認が取れてないだけで、村人がどこかに避難した可能性ってのはある。もちろん明日も捜索隊を出して、全力で探すつもりだ」
そんな言葉に私は顔を覆ったままコクンと小さく首を縦に振った。
そのまますんすんと少し鼻を鳴らし、数分ほど泣いたような素振りを見せてから、私は意を決したようにぐいぐいと袖で顔を拭って口火を切った。
「それで、村を襲ったのは誰なんですか? 野盗……それとも、まさか帝国の連中ですか?」
「どちらでもない、というのが今のところのギルドの見解だ」
「それじゃあ一体誰がそんなことを……?」
「化け物、と彼女は言ったよ」
「化け物って……魔物か何かの群れが? でも、そんなことでこんなひどい被害が出るわけ……」
「ない、と俺も最初は思ったさ。けど、今は字面通りに受け取るしかない」
マスターの口ぶりは悩むようなものだったけれど、それをバカらしいと放棄するようなものではなかった。
こういうところで悩んで右に左に迷うようなら時間も稼げたし善後策も考えられたりで良かったのだが……なるほど、現役時代にそれなりの冒険者だったのは確かなのだろう。こういうところでまごつくような人間では生き死にをかけた修羅場をいくつもくぐれはしない。
「でも、それじゃあ化け物って何なんですか?」
「化け物は化け物。それ以上でもそれ以下でもない。一応、この世界にいるだろう? 化け物と称されてもおかしくない連中が」
マスターがついと視線を向けてくる。彼自身信じ切れていないという雰囲気もあったが、それとは逆にそれしか答えがないとも考えている様子だった。
「魔族、ですか?」
おそるおそるの私の言葉にマスターは煙草を灰皿に押しつけて消した。それが肯定の言葉の代わりなのはよくわかった。
「見たこともない黒色の化け物に、泥で作られた人形のようなヤツら。そんな生き物に心当たりはない」
「でも、魔族は……」
山脈の向こうに押し込められている、と暗に匂わせるが、マスターは首を横に振った。
「こういう時は常識にとらわれてちゃいけない。俺の……こういう言い方であんたが納得するかはわからないが、冒険者だった頃の勘がただ事じゃない何かが起こっていると言ってる。現役を離れてすっかりさびついちまってはいるが、それでもこの勘が外れる気はしない。それに、実は他にも気になることがあるんだ」
「とおっしゃられると?」
「こいつはまだ機密情報だが、フィノイ村出身の冒険者が二人、ついこの間から音信不通になっている」
「えっ!?」
「チェストンにライアート。知ってるか? 二人ともCランクの冒険者だった」
「もちろん知っています。このギルドに出入りしていることも。私が冒険者になった後も何度も話していますし、村ではよくしてもらいました。そう言えば最近は顔を見ていませんでした……」
マスターがわかったと言うようにうなづく。
デタラメだが今はその裏を取る術はどこにもない。
「冒険者の中にはロクでもなくて、博打やもめ事……とにかく勝手に面倒事に足を突っ込んで死ぬやつもいるが、彼らはそんな連中じゃなかった。あまりにも忽然と消えちまった。神隠しに遭ったみたいにな。それに、これはあんたがまだ冒険者になる前のことだが、同じくらいの距離にあったサザラテ村が全滅してるだろう?」
「え、ええ。でも、あれは大規模な野盗集団の仕業だと聞きました」
「だが、こうなってくると話が違ってくるかもしれない。この件は早馬で領主町に知らせてもらうように手配してもらった。このご時世、魔族だなんだと言ってまともに取り合ってくれるかどうかはわからないが……少なくとも二つの村がこんな短期間の内にやられたんだ。どういう相手かはさておいても領主だって動いてくれるはずだ」
「そうでしょうか? 所詮は小さな村二つ、野盗にでもやられたんだろうということにはされませんか?」
「その辺はどうにか俺の名前が通用してくれると願ってるさ。こう見えても冒険者だった時には国に多少の信頼をもらっていたからな。無下にされないことを祈るばかりだよ」
そうマスターは小さく息を吐いた。
「とにかく、新たな情報が得られるかどうかはわからないが、国兵が来たらもう一度調査隊を派遣して何か見落としがないか探すことにしようと思ってる。チェストンとライアートに関してもギルドとしては詳しく調べてみるつもりだ。しかし、どこまで情報が得られるか……」
言葉の最後はまるで虚空に消えていくようなものだった。
起こったことは前代未聞のことだったかもしれないが、起こったことに対して現状の彼らにはあまりにも手掛かりが少なすぎる。彼らはあまりにも魔族を知らなすぎだ。
そんな中、再びの沈黙が部屋に落ちてきて自分の呼吸音が聞こえてきた。マスターはもう一本タバコを取り出して火をつけて吸った。
沈黙のベールをゆっくりとまくるようにマスターが声を出す。
「冒険者をやってりゃ不幸に遭うことは珍しくない。が、今回は事が事だ」
マスターの目が私を見やって、そこに気遣いの色があるのがよく見て取れた。
「このフロアに仮眠室があるのは知ってるだろう? 今は何も考えられないかもしれないが、今日のところはゆっくり休んだ方が良い」
はい、と私は自分でもよく出来たと思えるほどか細く弱った声が出せた。
「仮眠室にはベッドが二つありましたよね?」
「ああ」
それに私はゆっくりと少女を抱きかかえた。
「ソファじゃ休まるものも休まらないでしょうから……」
「……強いな、あんたは」
ちらりとマスターを見やる。
「まだあんただって決して大人と言える年じゃない。なのに、こんな時にも他人を気遣えてる。誰にでも出来ることじゃない」
その言葉に私はぐっと唇をかんで、精一杯の悲しみを表現して見せた。部屋を出ていく際、敵はとってやる、とマスターが言った。
少女を抱いたまま仮眠室に移動して私は息を一つ吐き出した。
思っていたより少し面倒なことになった。けど……。
腕の中ですぅすぅと眠る少女は、よく見ればそれなりに可愛い顔をしている。瞬間、この世界に来てから気づいた私の悪い癖がまた顔をのぞかせるのがわかった。ロリータコンプレックスの趣味はなかったはずなのだが……これも魔族となった影響なのか、それとも元来私が持っていた性質が目覚めたものなのか?
まぁどちらでも構わない。
私は部屋に鍵をかけると、そっと少女を傍らに置いて転移の魔法で城へと転移した。
*
少女が目を覚ましたのはそれから数時間経った真夜中だった。
眠っていたかと思うと、ううん……と寝苦しそうな声を出し、おもむろに上半身を起こした。
「お目覚めかしら?」
私の言葉に少女が私を見やる。
少しの間頭が働かなかったようだが、少ししてから戸惑いの表情を顔に浮かべた。冒険者キョウカ・アキツネではなく今は月詠として本当の姿を見せていた。
「お、お姉さんは誰なんですか……?」
「悪い人……ううん、人じゃなくて魔族ね。悪い魔族」
「魔族……?」
少女はすっかり怯えきっている。
「そう、魔族。この子に見覚えがあるでしょう?」
言ってひゅっと口笛で呼ぶと、部屋の隅にいたタマ吉が横に立った。それに少女は驚愕し、慌てて布団から逃げようとしたから私は上からのしかかるように少女を押さえつけた。
「貴女も一緒にタマ吉に殺されていればこんな怖い思いはしないで済んだんでしょうけど、運が悪かったと思って諦めてもらうしかないわね」
背中から一気に服を破く。
まだ第二次性徴が起こり始めたばかりの肢体に見えた。
人間だった時の私がレズビアンだったのかどうかはもうわかることはないけれど、たぶん人間だった時にはこういう少女に欲情することはなかっただろう。
いや、今だって彼女に欲情しているのかどうかわからない。言うなればこの圧倒的『奪う側』にいるという雰囲気に酔っているだけとも言える。
「いやぁ! やああぁ!!」
それでものしかかり、背後から腕を回して少女の柔肌に強く唇を押し当ててすするのは堪らない快感だった。
ただただ奪うだけの凌辱。
一方的なレイプ。
女中に伽はさせていたが、こういう『本物』を味わうのは考えてみればソフィー以来かもしれない。それに、もっと言えばソフィーの時は彼女自身私からの凌辱に耐えようという気概があった。
それが、今の彼女はただ恐怖と苦痛に叫んで泣きわめくばかりだ。
その快感が私の胎に燃料を投下し、ふつふつと燃え滾らせる。
私はこうも醜い存在だっただろうか?
思いながらも、顔が喜びに歪むのを止められない。
奪う側。
それはこういう面も持ち合わせているものなのかもしれない。
結局その晩、私はまだあどけない少女を相手にたっぷりと楽しみ、あとの処理は女中たちに任せた。
女中の中にはこういう幼子が好みのもいるらしく、その喜ばれ方はソフィーの時よりも大きなものだった。
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